シンポジウム
アジア・ヒューマン・コミュニティを求めて
――人間の安全保障のネットワーク構築に向けて――
2月24日 セッション1(10:00−12:00)
多賀:

 皆さん、おはようございます。本日は午前中に、いわばプログラム・エクスポジャー、プログラム・シェアリング、何が問題かということを出し合うことにします。これは医学に喩えれば、東アジアはもし病気であるならば、私たちは皆でその症状を出してということです。ですから、臨床的なことを、この午前のセッションで取り扱います。おそらく基礎医学のほうは、午後のほうのセッションで少し検討していくと、午前中は臨床医学であるという気持ちでやってください。まずこの会議のオーガナイザーである天児先生から、目的についてお話していただきます。

天児:

 ありがとうございます。皆さん、おはようございます。今日は一人一人でご紹介いただいて、お互いにどこから来て、どういう専門で、今どういうことをやっているのか、というような紹介の時間をとりたいですけれども、時間が非常に厳しい、僅か二日間で、非常に様々なイッシューについての議論をしなければならないということで、お互いの紹介はまず報告者はちょっとだけ自分の紹介をしていただければいいと思います。ほかの方々は今日午後また発表のチャンスもあります。それに、お昼に一緒にランチをとる時間もあります。その中で、お互いに紹介しあうという形でお願いしたいと思います。私は、先ほど多賀先生にご紹介いただきましたこの企画のトータル・コーディネーターをしております。天児慧といいます。昨日私は自分の紹介を少ししておりましたけれども、もともと私はそのヒューマン・セキュリティの専門家ではありません。私はコンテンポラリ・チャイナーの、それから中国をめぐる国際関係の専門家でありまして、まさにこのヒューマン・セキュリティに関しては素人であります。しかし、今日十分ほど時間をいただきまして、なぜこういったコミュニティ・ビュリディングの問題を考え始めたのか、簡単に自分の考えを紹介させていただきたいというふうに考えております。

 皆さんはそれぞれの国から来られた方々ですが、それぞれの国では、東アジア共同体、或いはアジア共同体の議論が盛んになされていると思います。こういった議論は日本でも盛んに出されております。私もいくつかの政府関係、或いはシンクタンク、或いは大学、こういったところで、この東アジア・コミュニティーについての議論をずいぶんやってまいりました。私はその中で、共同体建設というものが、どういう方向でこのアジアが取り組むべきか、ということについて、様々な議論があるんですけれども、私なりの疑問が生まれました。何かといいますと、基本的にアジアで取り組むこのアジア共同体建設というのは、ファンクショナリズムでしていくしかないと、それぞれ個々別々の具体的な課題について、それをファンクショナルなそういうものを問題解決していくプロセスを通して、共同体建設というのがはじめて可能である、こういう議論があります。それを主張する多くの人は、基本的には経済、経済の協力、或いは経済協力等の制度化など、これを具体的に考えて、このファンクショナリズムの主張があるだろうと思います。これは経済については、非常に現実的、或いは効果的であるかもしれません。しかし、経済のそのファンクションナリズムのアプローチで、共同体建設していた時に、ほんとうにこの共同体が展望できるのか、私はある種の疑問を持ち始めます。例えば、安全保障について言えば、現在東アジアでは様々な安全保障、ハードな安全保障を支えていくという枠組みというものがあります。例えば、日米安全保障条約があり、日米韓安全保障条約があり、或いは中国を中心とする最近SCO上海協力機構があり、あるいはアセアンにおいてはアセアン・リージョナル・フォーラムとか、こういうふうなものがあります。この場合は、すでに様々な意図と様々な形態で進んでいる協力がファンクショナリズムでこれを積み重ねていくことは、これはありえないです。ある意味では非常に戦略的な、或いは非常に調整を必要とするという形で展望をせざるを得ない。

 もう一つの大きな問題は、アジアにおいて、様々な深刻な問題が発生し、或いは存在してきていると、これは今日或いは明日われわれが議論する人間の安全保障に直接に関わる大きな問題であります。これは皆さんのペーパーを読ませていただければ分かりますが、中に人権の問題があり、貧困の問題があり、或いは感染症の問題があり、或いは自然災害の問題があるということです。様々なイッシューが噴出してきていると。今回環境問題の方は、お呼びしておりませんが、環境問題は今や非常に深刻な問題になっているということです。一面に経済発展を非常に主張する方々はやはり経済を発展し豊かになる中で、こういった問題を解決する糸口が出てくるというオプティミスティック的な議論をしている方々が多いですが、これは必ずしもそうではない。つまり、経済発展、或いはグローバリゼーションは新たな矛盾を、或いは新たな問題を生み出してきていると、こういう現実を考えるならば、それ自体はどうやって解決していくということを考えなければならない。

 私はこれをボトム・アップ・アプローチと申し上げたいと思いますが、実は現場の色々なその問題に直接に関わってくる、或いはその被害を受けている人々、或いはそういった問題に関して非常に関心を持っている人々に、イッシューという問題を汲み上げて、それてこれをどうやって共通認識にしていくか、どうやって共通の課題として解決していくかという、こういう中で始めて展望を開けられる問題ではないかというふうに、わたしは思っているわけです。私はそういう意味で、いわばAsian Communityというものに対して、ある意味で補完する、或いはAsian Communityに包括できないというHuman Communityということを打ち出していきたい、というふうに考え始めたわけです。そういうことで、私はこれからアジアの人々が抱えている問題をどうやってわれわれはこのいわば知識人というべきですね、その社会に対して持っている役割、知識としての役割をどうやって果たしていくということを、自分たちの問題意識として、このアジア・ヒューマン・コミュニッティを取り組んでいきたい、というふうに思っているわけです。

 最後にアジア・ヒューマン・コミュニッティをAHCと私は勝手に言いますが、AHCは何を目指していくかということを四つだけ指摘しておきたいと思います。一つは、人間の安全保障に関心を持つアジア各国の市民・知識人・或いは政府を、相互補完的な関係にしていくネットワークを目指すと、相互補完的なネットワークの建築を目指していきたいというふうに私は思っています。二つ目、この人間の安全保障をめぐって、アジアの知識人が意見交換をする論壇、これを目指して行きたいというふうに思っています。三番目にはアジアの深刻な社会問題を、アジア人自身を中心として解決していくシステムを作る推進力になっていきたい、そして同時に協力して独自の問題解決の方策を探っていきたい、こういう機能を持ちたいというふうに思っています。そして四番目には、毎年、昨年から定例化するようになってきましたアジア各国のアセアン+3に集まる東アジアサミットEAS、これに対して、私は出来れば人間の安全保障についての具体的な問題についての提言を行い、政策化することを、試みてみたいというふうに思っております。これは私が勝手に申し上げることで、私とこの頃関わってきた方々も「え〜、そんなことを考えているのか」というふうに考える方もいると思います。当然、AHCは何を目指すのかという皆さんの忌憚のない率直な意見をお伺いしたいと思います。私自身としては、今申し上げた4点を将来的なAHCの柱にして、今後のアジアにおける知識人としての活動を進めていきたいと、その重要な第一段階として、もう既に第二段階や、或いは第三段階に歩いていくと思いますが、今日とそして明日の会議をこういった方向で実りのあるものにしたいというふうに考えております。ぜひとも、率直でそして核心を衝く様々な意見をここでお互いに交換し合いたいというふうに思います。大変お疲れですが、丸一日、そして明日を含めば二日間、多分相当疲れると思いますが、しかしそれだけの疲れでも意義のある会議にしていきたいと思いますので、宜しくお願い致します。どうもありがどうございます。

多賀:

 ありがとうございました。二日間にわたって缶詰になること自体もヒューマン・セキュリティに反することではないかと思いますのですけれども、天児先生は大変インテリゲンチアらしくご報告くださいました。このセッションはわざわざクローズにしております。ですから、ほんとうに先ほど先生が言ったように、皆さんは忌憚のない意見を、誹謗中傷するのではなくて、お互いに忌憚のない意見を出し合って、プログラム・シェアリングしていくというふうにしていただければ幸いです。

 それでは、最初さっそくこのレジュメを拝見した限りで、谷山さんにオーバー・ビューに近いものを提出してくださったので、谷山さんにひとつ口を切っていただこうと思います。私は彼を良く知っているんですけれども、15分という時間をしっかり守ってください。恐らく15分というと1時15分をしゃべるので、では、宜しくお願いします。

谷山:

 皆さん、こんにちは。

 日本国際ボランティアセンター、ジャパン・インターナショナル・ボランティア・センターから来た谷山といいます。私がなぜここにいるのか、そして一番はじめにプレゼンテーションするのか、よくわかりません。ただ、私は知識人ではなくて、凡人です。この中で、NGOは恐らくただ私一人だと思いますが、ああ、あの人もいますけれども、NGOからの視点ということで、それなりに意味があるかなあというふうに思います。オーバー・ビューでお話しますけれども、基本的にはミクロの、そしてアジアの小農民の視点からお話したいと思います。
日本国際ボランティアセンターは1980年にインドシナ難民の救援をきっかけにして出来た日本のNGOです。その後、救援からインドシナの三国カンボジア・ラオス・ベトナムに冷戦以前に国内に入って、開発協力を始めた団体です。日本では一番早かったのですけれども、冷戦前です。冷戦終了前。80年代です。その後今現在、世界・アジア・中近東・アフリカ13カ国で紛争、或いは災害の被害者に対する緊急救援と長期的な地域開発の協力を行っています。

 今アジアが直面している脅威ということですけれども、私が20年前カンボジア難民のキャンプに行ったときは、冷戦が終われば平和になるというふうに思っていました。実際にはパリ和平協定で、カンボジア紛争は終わり、難民は帰れるようになった。しかし、その後インドシナ地域・グローバリゼーション自由経済の波がどっと押し寄せて、現状を見ますと、いわば静かな戦争、それも住民が一方的にやられっぱなしの戦争に直面していると私は思いました。主としては、それは資源をめぐる戦争として起こっている。たとえば、ラオスは森林で、カンボジアは土地、そして例えばタイはこれも農業或いは農産物、それをめぐるグローバリゼーションにおける小農民の没落かというかな、そういう現象として現れている。一方で、いわば熱い戦争ですけれども、戦争が終わると思いましたが、今や至るところまで戦争が起こされている。特に9.11のテロ以来始められた対テロ戦争によって、対テロ戦争のスパイラルが広がっています。

 私は昨年の末までアフガニスタンに4年いました。この対テロ戦争の結果がどうなるか、ということを、現場でアフガニスタン人と一緒に考えてきました。今やアフガニスタンでの対テロ戦争は泥沼です。先の展望がまったく見えない。なぜか。住民を敵に回した対テロ戦争は、絶対に勝てない。失敗するでしょう。にもかかわらず、このアフガニスタンでの対テロ戦争が成功して民主主義国家が作られた、これは成功だった、という理由で、今度はイラクにアメリカを中心とした多国籍軍が侵攻して、ご存知のとおり、まったく展望のできない状況になってしまった。そして、それはさらにパレスチナの再占領、イスラエルによるパレスチナの再占領、或いはレバノン戦争、そして最近ではソマリアにおけるエチオピアの侵攻、そしてアメリカによる空爆、これは対テロ戦争という名の下で新たな戦争が広まっていますが、終結の見込みがありません。この二つの戦争、これが絡まっているというふうに私は思います。それは先ほどの「静かな戦争」、この戦争が起こしている矛盾、不公正、そしてその中で生まれる憎悪、人々の不安、これを抑えるためには、人間の安全保障ではなくて、国家の安全保障ということで武力を用いざるを得ないようになっているという状況があるように見えます。そして、日本はとても大きなかかわりを持っている、もちろんアフガニスタンの戦争にも自衛隊は協力していますし、イラクにも派遣されている。そして日本社会が、あらゆる側面で、ミリタリゼーション=軍事化しているのが見てとれます。私たちの自由が、或いは市民活動がますます狭められている。

 アジアにおける静かな戦争をちょっと見てみたいと思いますが、ラオス、私はラオスに三年半いたのですけれども、ここはとても森林が豊かで、農民は森の恵みに大きく依存して暮らしています。カロリーの60%以上、それからビタミン・カルシウムなどの栄養素の80%以上は森林から得ている。そういうある意味で豊かな国です。この森が様々な経済開発によって侵食されてきている中で、JVCは村人の共有林の権利、村人が森を守り、管理し、利用する権利を政府に認めさせて村人自身が活用するという、そういうプログラムをもう10年以上やっています。そして今では35の村でコミュニティ・フォレストを作りました。私たちが作ったのではなくて、村人が自分で作ったのを支援してきているわけですが、このほとんどの森が経済開発によって奪われようとしています。例えば、一番大きいのはラオス中部のナムトゥン2ダムの開発です。この開発は当然ラオスの自由貿易化、或いはフリー・トレード・ゾーンをラオス国内に作ると、工業化の政策とセットになっています。タイの援助も入っているわけですけれども。このダムの建設によって、私たちが活動している村が一変させられる。或いは一変する村人が移っていく移転先の森が切られる。この森も村人が守った森です。或いは、工場建設、これはラオスで一番大きなセメント工場が、私たちが支援している村のすぐ近くに建って、コミュニティ・フォレストが接収されました。奪われました。そして煤煙公害が心配されていて、村人は村を移さざるを得ないとほぼ絶望的になっています。以前は戦ったのです。森は私たちの権利だと戦ったのですが、もうちょっと耐え切れない状況になっています。これは中国の資本です。直接投資です。或いは錫の鉱山の鉱毒汚染、これで魚などの畸形が、私たちの村で見えています。或いは日本の、日本だけではないですけど、プランティションです。植林計画、特に製紙会社による植林計画、これによってやはり村人が使っていた森が奪われていく。これはほんの一例です。しかし、私たちが入っていた村に、深刻に起こっている。ほかの村にも恐らく同じようなことが起こるでしょう。私たちができるのは、この生の情報をNGOの世界的なネットワークに伝えることによって、世界的なNGOが、例えば、アジアにおける静かな戦争をちょっと見てみたいと思いますが、ナムトゥン2ダムであれば、世界銀行に働きかけようとする。そういう現場のNGOと国際NGOネットワークでしかこの流れを止めることができません。もう一つ、カンボジアの例ですけれども、カンボジアには非常にいい森林法と土地法があります。和平合意以後、正しい森林法と土地法を作りましたけれども、森林法を作るのに当たっては、私たちも関わっています。日本のいり合い権を参考にした住民による共有林の権利が盛り込まれています。しかし、これはまったく履行されていません。森林伐採が凄まじい勢いで進んでいて、同時に土地の投機が進んでいますので、土地を失う農民がとても増えている。以前土地無し農民はいませんでした。現在40%から45%の農民は土地を失っています。もちろん自分たちが売ってしまった人もいます。

 さらに、タイです。タイはとても面白いポジションにいる国で、一方で被害者です。グローバリゼーションの、特に小農民は。一方で、インドシナに進出しているという加害者の立場を持っています。タイでも土地無しの農民が大変増えている。WTOが発足する95年には、80万戸の農民が土地無しでしたが、2005年は150万戸の土地無し農民が生まれています。そして、農産物の輸出が増えているのに、農民一人当たりの所得が下がっている。そして、農民の借金の額も95年は2万5千バーツ、そして2000年には3万7千バーツと増えています。こういう中で、所謂「格差」というものは、国内にも、そして国際にも起こっていくわけですが、同時に日本の中でも、私たちは「静かな戦争」の当事者であるということが言えると思います。それを自覚した市民が、如何にしてタイの、ラオスの、カンボジアの小農民を支援するかということで国境を越えて駆けつけています。どうしたら私たちはこの戦争の勝ち組にならないで済むかということを考えたときに、変わるしかないでしょうというふうに考える人たちが増えてきています。これは経済のあり方を少しずつ変えるのだと、地域で自立できる、地域資源は私たちが有効に使って、外から持ってこない、その中に豊かな文化を築いていく、しかもそれは閉鎖経済ではいけないので、グローバリゼーションによっては情報と、人と、それらをエクスチェンジすべきだと、基本的な考え方の中で、アジアとの農民の交流、消費者の交流が進んでいます。

 結局私たちは今の日本の中での大国主義かな、とにかく軍事力を持って海外にも派兵して、国家の安全保障を確保すると言うことが当たり前のように進んでいるわけですけれども、同時に人間の安全保障を一人一人の人間の立場から考え直す時期が来ているわけです。その時に、いったい私たちには何ができるのか、NGOは今岐路に立っています。NGOはいったい誰の立場で活動して、誰の立場でアドボカシーをするのだ、発言するのだ、ということです。いったいなんでNGOはああということです。誰を代弁して、誰の立場で私たちが戦うのか、即ち、NGOは政府と協力したり、企業と協力したりする前に、私たち自身の当事者性、これを取り戻さなければ、一般市民と憂いでしまう、ましてはアジアの農民・市民は憂いでしまう。同じことは恐らく研究者にも言えるかもしれません。研究者自身がどう当事者性を獲得し、誰の立場で、何のために研究し、発言するのか、そうした時初めて研究者とNGOの協力、当然それはアジア・ヒューマン・セキュリティのための協力ですけれども、それができるのではないかと思っているのです。

 一つだけ最後に事例をお話します。日本では、農民と消費者の協力関係が産直運動という形で発展してきました。産直、産地直送です。顔の見える形で、農産物を農民が消費者に寄るという関係です。タイでは、そういうことはなかった。タイの農民はそれを作るだけ、マーチョンとか来てそれを買う。しかし、タイのある農民が、東北タイの農民が、山形県の農民の所に研修に入りました。そして、その農民が、近くの町に直接に農産物を売りに行く、契約をして消費者に売る、それを見て、愕然としたと、びっくりした。早速自分の村に帰って、まず農民が生産者であると同時に、売れる、商人になろうと、村の中で市場を作りました。それによって、安全な食べ物が村人の手に入る。物々交換ではなくて、村の中でお金が落ちる、その運動が瞬く間に東北タイに広がって、今では、その村の村人が近くの町に市場を出す、村と町の消費者がつながる、そういう運動に発展してきました。さらには、もう一つの日本の事例を適応しながら、そこに行政が加わって、レインボープランというプロジェクトが何箇所にてできるようになりました。これは生ごみを大事にして、農村に帰す、農村でそれで有機農業を作る、そして、それを町の消費者に提供する、リサイクルができるわけです。そこに行政が変わってきます。そのようなネットワーク、幾つかの輪を作って繋ぎたい、東アジア・中国・韓国は仲間に入って動きなければ、私たちのネットワークはうまくいかない、そう思っています。

多賀:

 どうもありがとうございました。22分でオーバー・ビューしていただきました。大変刺激的なお話だと思います。つまり、「静かな戦争」「小農民の没落」等々、それから「熱い戦争」というのは、これはもう接点があって、切り離せないで、不可分の一体になるということ、恐らく私たちの平和学の古い言葉で言い表すならば、「常に構造的暴力は直接の暴力に実は支えられている」というテーゼに近いではないかと思います。そして、それを切り抜けるのは、いわば現場のNGOと世界的なネットワーク、それが重要なキーになるのと、ミクロ的な例からオーバー・ビューして、ありがとうございました。二つだけ、質問をオーケーしますので、どなたでも。

質問

1.(孫歌)さっきのご発言の中で、日本のあり方をこれから変えていこう、変わることがNGOの一番大きな仕事だというふうに、おっしゃいましたけれども、具体的にこういうような運動は日本で今進んでいるでしょうか、そこのところをちょっと教えていただきたいです。

2.(王名)先ほどの最後のところになかなか面白い質問が出されました。NGOは結局だれのために活動しているのかと、誰を代弁しているのかという質問に対して、谷山さんのお考え・お答えを出してください。

谷山:

 日本で日本が変わるというのは、様々な例があると思いますけれども、特にNGOのことですか。

孫歌:

 資源の使い方とか。

谷山:

 基本的に、私たちは有機農業をいろんな国でやりますけれども、基本的な考え方は、食べるものは、歩いていける距離から入手するという基本的な考え方を私たち自身も取り入れようとしています。ただ、偉そうなことをいうけど、全部そうしたくないということがあります。だけど、なるべく私たちが関係を持っている有機農民から農作物を取り入れて、しかもその農民のところに援農に行ったりして、自然と触れて、豊かになって帰ってくると、一応私たち例えば給料とかそういうものではなくて、別のいい難さがあるので、実感しながら輪を広げていくわけですけれども、それが一つと、後は所謂地域コミュニティ・コンプリメント・イニシアチブという考え方、これはただ単に食だけではなくて、地域にある資源をどのようにして自分たちの地域づくりに再発見して利用していくかという基本的な考え方、それはもちろん自然資源・環境もありますけれども、もちろん農作物もありますけれども、文化だとか、知恵だとか、トータルに言っているわけです。運動といえば、日本であろうと、タイで行っているであろうと、地域は自分の資源を有効に利用しているという、それとは同じ地平のものです。それと対極しているものは所謂グローバリゼーションで、これはものと、人と、労働力と、金がどんどん外から入ってくるということに対しての一つのテーゼとしての実践だと思っています。

 後は、私はだれのために、どんな立場で活動しているのか、私のためです。結局、位置づけるところですよね、日本が変わるということなのです。日本は何とかして、ということが非常に強いです。例えば、タイには私たちは今活動していますけれども、これはタイを支援しているのです。しかし、今はタイの人々に支援してもらっているのです。

 インターンシップ・プログラムというものがありまして、日本の若者をタイに送るのです。NGOもホストになってくれますけれども、さらにそこから農民に受け入れてもらうわけです。一年間です。単身で入る。なぜ一年間か、これは農作業、田植えから収穫までトータルで農民の生活にたっぷり入ってもらって、それはなにができるということを考えるときに、何もできないと、すごく苦しいのです。だけれどそこで農民の生き方に触れて、自分が生きるということは、自分が土地に根付いていること、或いは国際協力をしているということを考える。彼らは帰ってきて農民になるケースも多いです。同時に、国際協力の中で所謂何か教えるとか、助けるとか、民主主義とか、そんなことを言わない国際協力を担える人間、これは日本が変わる一つのことです。日本の若者が少ないですけれども。

 もう一つは日本の戦争を止めさせるということなのです。それは一つの非常に強いモチベーションとして、JVCのスタックがやっていると、そのためには国際協力でつなげなければいけない。現場を知らなければ行けない。戦争の現場にも行って知らなければいけないというふうに考えております。

多賀:

 時間の関係がありますので、谷山さんの討論は一応ここまでです。また後でもし時間が残ったらまた戻しますので。それでは、続いて温鉄軍先生。ちょっといま「静かな戦争」と格差の問題をこのペーパーの中で論じると感じましたので、15分間一つご報告お願いします。

温鉄軍:

 ありがとうございます。ここでお話したいのは、焦点をグローバリゼーションに当てるということで、グローバリゼーションという話の主流の中に分析をいたします。グローバリゼーションということに関しまして、その主たるものが何かということを明らかにすることです。

 まず申し上げたいのは、厳密なグローバリゼーションがないと思います。今までのところ12年、1995年から12年経っておりまして、WTOが出て参りまして、GATTをおき返す形で出てきます。同年二つの組織、NAFTAが創設されましたが、北米の条約の件がありますが、もう一つはEUですが、NAFTAとEUいう二つの組織が出て参りまして、実際に統合の組織がないということで、第三の組織が出てくると、これはアセアン+1、或いは+2、+3などがあります。つまり、アジア地域における統合ということです。そこには、厳密なグローバリゼーションがあるのでしょうか。まず今のところないと思います。また、一方におきまして、二つの主たる流れがあると思います。中で重要なものでありますが、ドラーライゼーションとユーラライゼーションということがあります。この考えを簡単に申し上げますと、単純化しますと、世界の資金が主に二つの流れ、ドルとユーロの制度の間の競争があると思います。それでは、アジアの人間の安全保障というものは、私どもの観点からどうなるでしょうか。このような主流の競争を考えなければいけないと思います。色々なことが起こりましょう。一つがドル化の制度とユーロ化の制度、この二つの制度がはっきりですが、これがまた複雑化しているわけです。また、以前には色々な準備を致すことに、中国・日本両方ともが、この罠にかかった。ドル化の罠にかかったということがいえます。一部の人はアメリカ人・ヨーロッパ人でもありますが、アジアの人たちは大変決定的な危機的な経済に対する危機だろうということを考えなく手はならないと思います。それについてお話したいと思います。そのどの側面も懸念を持っております。そうですね。全体像なのです。私自身は、中国の農民運動にかかる。所謂問題を取り上げて、学生が田舎に行き、農村地帯での貧しい農民のエンパワメント、力を手にすることを助けております。これは大変重要です。ですが、これは大変重要なことですから、それを無視するということではありません。参加者の皆様は経済学者ばかりではなく、政治学・社会学・或いはほかの分野の関係者であろうかと思います。私は確かに経済学者でありまして、だから経済が良いというのではありません。所謂経済学者というのは、間違いをたくさん犯してきたといえると思います。いずれにしろ、私どもはどのような形で直面しているということです。明らかに多くの人はそれを認識していない。だからこそ、それを強調したいと思います。まず、最初に世界の新しい領域はこの地球的なレベルでの日本資本の競争にあります。これは産業・工業・農業などは、存続することができるであろうということが私の論点の一つであります。1997年に遡って見ましょう。アジア地域に起きましての金融問題がありました。日本・韓国・中国は存続することはできたわけです。生存することができました。なぜでしょうか。破壊しなかったということです。ほかは影響を受けたということです。中国にも大韓民国にも製造ばかりではなく、伝統的な農業・産業を持ち、総合的な産業がとうとう確保したわけです。国がなんらかの形の製造、或いは天然資源の輸出などがあったとしても、その構造は完璧でなく、したがって金融問題などによって、倒壊する影響を受けると思います。しかし、国が完全な構造を持っていたならば、十分な基礎・基盤を持って、会社の・国の経済を金融危機から守るということができるわけです。それは考察に付すべき一点だと思います。それから三つの疑問を投げかけております。質問しております。まず、最初、なぜ経済構造を更新したものがグローバリゼーションで持って、GATT、1994年にWTOに転換したのかということです。1994年に、経済危機・金融危機というものは多く起こっているわけです。これは単に東アジアだけではなく、ラテンアメリカ・ロシアなどで見られているわけです。頻繁に起きております。二つ目であると思いますけれども、世界的な戦争、或いは紛争はなぜ1994年のグローバリゼーション以後増えているのかということです。それからもう一つ、三つ目の疑問ですが、なぜ21世紀の経済は所謂グローバリゼーションに依存するという主張がなされるのか。BRICsご存知ですか。BRICs というのは、ブラジル・ロシア・インド・中国という四カ国が大きな大陸国であるわけですけれども、この四カ国が21世紀の経済のエンジンであると言われております。これはこの国自体が言っているわけではない。そうでなくて、周りが言っているわけです。西側諸国が言っている。何故か。このBRICs四カ国とも所謂メインストリムの国ではありません。ドル化、或いはユーロ化が完全にされている国ではありません。その意味では、資本家がまだ進んでいないわけです。即ち、グローバリゼーション、ドル・或いはユーロによって資金化が行われていないわけではありません。そして、それぞれ伝統的な産業セクター維持されている国ではありません。そして、経済の構造ということです。ある意味でまだ完璧ではないところがあります。つまり、こうした国々は世界的な通貨危機が起きている中で,どういったところが生き残されるのかということで、ではその影響、例えば資金的な金融危機が起きたときに、人間の安全保障の影響はどうなるかということです。これらを論じるに当たっては、いわゆるイデオロギーのところに目をむけなければならなりません。ご存知のように海外のイデオロギーは、今では抑制されています。メインストリムのイデオロギーというのは冷戦時代に作られたものです。そして、今はポスト冷戦ということで、そこに影響を与えてきたわけですけど、現在はポスト冷戦である。そして、しかしながら、このイデオロギーというのは、ほとんどが冷戦時代に作られたものです。それがまだ使われている。例えば、NGOの活動、動きということを言ったときも、いわゆる市民社会とか、或いは人権・民主化ということを論じる。それは言い訳です。コンセプトとしては、それは良いものばかりでありますけれど、これらのコンセプトというのは、その定義というのは、実は冷戦時代のものであるということを忘れてはならないわけです。そして、定義を見直すということは、実は未だやっていない。そうではなくて、冷戦時代のものを、そのまま、またそれぞれの国が違う意味合いを持って実は使っているのが現実です。それでは、これらの概念を私なりに再定義をしたいと思います。私の主張としては、社会主義、或いはリベラリズム、或いは民主主義のものではなくて、1950年以後冷戦主義的な資本主義、そして市場資本主義の対立があったということであります。というのは、1950年代以後に途上国の多くは第2次世界大戦後に独立をした。そして、一つの歴史的な時代に入ったわけです。いわゆる独立国としての工業化ということであります。ということで、社会主義、或いは共産主義という名前は使っているけれども、実際はそうではありませんでした。実態はそうではなかった。スターリン主義、国家資本ということであります。そういった国家主導のもとで工業化・産業化が行われたわけです。ですが、イデオロギーとしては、社会主義、或いはリベラリズムということが使われている。でも、実際には、そこに関係がないわけです。そのほかのイズムというようなものは実は全然意味がないものです。ですので、ソ連だけではなく、中国もいわゆる国家工業化、国家資本主義を進めているわけでありますけれども、イズムに背景にあるわけではありません。国家福祉制度というもの、これは国家資本主義との競争の中で生まれてきたことになります。そして、結局国家資本主義というものを放棄して、市場資本主義に移行した。その結果として、多くの製造業・工業を途上国は先進国から奪うということなりました。日本もかなりの製造業、中国・台湾・マレーシア・タイなどに国外に移転することにしました。同じような動きです。これは決してなにかイズムというイデオロギーが背景にあったわけではないということです。実態的には、経済性・或いは経済現象としてこういうことが起きている、即ち、製造業が他の国々、国外に移転をしたということであります。さて、1980年代以降のポスト冷戦でありますけれども、いわゆる金融帝国主義ということの中で、色々の資本主義が生まれました。これも社会主義ではなくてということです。一つが金融的な財務的な資本主義ということです。もう一つは、中国或いはベトナムなどの社会主義の国と呼ばれるところで、実際には国家会社主義、ガバンメント・コープレティイズムということが起きました。すなわち、国が先頭に立って色々な資本家のために資源を動員するということであります。そこで、実際的な議論を行うためには、いわゆるイデオロギーを超えた議論をしなくてはならないということになります。つまり、いわゆるイズムというものは、全て忘れなければならないということになります。政治学ですと、これは難しいわけですが、経済の研究では、イズムの議論を放棄するということは比較的に容易に出来ます。そう致しますと、新しい現実がみえてくるということになります。例えば、こちらのスライドですが、この曲線を見ていただきたいと思います。はっきりと見てとれるのは、1980年代以後中国は危機循環が起きているということであります。これは資本主義的な循環がいえるかもしれませんけど、中国は実は社会主義ではありますけど、そう致しますと、こういった景気循環は起きないはずです。というのも経済計画でありますので、循環はない。50年ということを見ますと、そこでも中国の経済は5回に渡って循環があったということが分かります。即ち、社会主義ではないと。経済が社会主義でないならば、イデオロギーと、或いはスーパー・ストラクチャーが社会主義かと言えば、そんなことがありえないわけです。例えば、1980年代以前でありますけれど、中国は国家資本主義のもとで産業化を進めたわけでありますけど、その結果としまして、いわゆる政府法人主義というものが生まれました。そして、経済の改革が行われて、この改革の中で色々なこの地方政府が持つ法人会社ということに形態が変わってきました。かつては、この中央政府がもってきた唯一の国有企業でありますけれども、80年代以後、営利のものになりました。なぜ中国が急成長したかといいますと、まさにそこに秘訣があるわけです。この動きの中で、色々な公的なサービスを、特に地方部におきましては、中国政府はこれを手放すということにしました。例えば、医療サービス・教育・行政・或いは地方も含めて、或いはそのセキュリティのシステムを含めて、もう政府が手を引いたということであります。代わりに、政府は何をやっているのか、国家は何をしているかということ言いますと、これは経済活動・そしてこの営利ということを20年促進できたわけでいます。この新しいシステムの下、国民は大きな不満を持つようになりました。反発をしました。そして、政府に押しかけるなどということをした。いわゆる社会的な運動が起きたわけでありました。そして、政府がまた変わりました。今では、より公的なサービス、そして公的なファイナンスなど,もう少し強調するようになりました。ですが、この新しい政策は、50年にわたって毛沢東・江沢民・?小平なども政権のもとで積みあがってきた問題を解決することはできないわけです。1回の5ヵ年計画で50年にわたって山積した問題を解決することはできません。10年、15年、もっとかかるかもしれません。

 いわゆる毛沢東のもとで進められた絶対主義ということを考えなければなりません。その効率性でありますけれど、かなりの余剰の労働力をその人民公社ということで、地方から集めたわけであります。そして、これによって国家による工業化を進めたわけであります。というのは、1950年代以後、中国は資本を投資したことはありませんでした。どんな国であれ、工業化を進める事に当たって、いわゆる設備投資をしない訳には行かないわけでありますけれども、中国だけは例外的にこれを行いました。そして、1950年代ソ連は中国に対して投資をしました。いわゆる軍事的な目的のためです。というのも冷戦の時代であったからです。57年以後、ロシアは突然そういう実際の資金面での投資を止めるということになりました。軍需工業がそのときに設けされました。そして、重工業がそれまでは投資をされていたわけです。けれども、かなりの労働力を、例えば、道路を整備する、或いは灌漑施設を作るなどといった社会基盤を整備することに向けたわけであります。そして、農産品の輸出を増加しました。ただ一つの港、香港からこれを輸出するということをしたわけであります。香港から輸出をし、そして外資をちょっとだけ受けると、それによって人民全体が国家資本主義によって搾取されたということになります。中国はこういった形で、特別な国家産業化という時代を経過したわけであります。インドもそうです。1960年代インドと中国は経済成長の成長率ということで大きなギャップが生まれました。というのも,インドは同じようなシステムを取らなかったからであります。

 このように、国家が資本主義を運営するというわけでありまして、それによりまして、この地方からの多数の余剰な労働力を吸収したわけです。これによりまして、農産物のみならず、余剰な労働力もこの工業化にあてました。そういったら、奇跡な経緯を辿ったわけです。今中国は珍しい事例だと見られることがありますけれども、中国はそうでないと思います。つまり、中国もこのように周期があるということです。そういってみれば、経済周期を持つという意味では、通常のほかの国や経済主体と変わらないことです。このような主な経済周期を見ていただきますと、このように失業率、それから一人当たりの所得ということを見ますと、あまり大きな変化はなく、ほぼ一貫してこの大きな逸脱はこの数年間はないということで、加速的な成長の時期が終わり、工業化が一段落したということで、これから準高速度の成長をしていくことになるでしょう。この図を見ていただきますと、工業化が一段落としたということであります。この50年の周期説でありますけれども、GDPの話は先ほどしました。その図です。農業の産品価格、工業産品価格がこのようにこの50年間に上がっています。土地は工業用地、また都市化に使われています。そういった背景があります。地方の農村部の人たちは、工業化、そしてまたこの都市化のために、土地をたくさん手放さざるを得ませんでした。それはこういった背景にはあります。中国の今後の課題ということでありますけれど、今後ドル化、そしてユーロ化という二つの通貨という主流の動きが経済の中においてはありますけれども、そういった意味で大きなトラブルが控えているということになります。

 そういった意味では、まだ循環的な危機のなかであるということです。この失業率がその場合は大きく上がり、そして、また3000万人以上の農家があと土地を手放していますし、そしてまた消費も落ち込めば、そして政府も債務も増えるということになります。
このように、様々な初期条件の違いというものが、その後の制度の仕組みの違いに出てきていることであります。これまでの政党作り上、この改革にどこに切り替えるかということであります。

 まずは主権国家として独立を得た後、工業化を如何に転換していくかということが、大きな課題に、幾つかの国においてはなっています。農村の余剰な労働力を工業化に当てることによりまして、農村での農業に担い手が減ることにより、農産品価格が上がるということであります。国内での市長をするためには、このように、余剰労働力を都市化・工業化にあてるということであります。

 われわれの頭の中がその冷戦思考に大変侵されていて、それでそこから全ての概念が出てくると、これはもう一度検討しなければならないと思います。冷戦時代のロナルド・レーガン大統領による民営化によりまして、経済成長を進めることができるということは、多くの人々の関心を寄せました。WTOとそしてIMFや世界銀行もこのような市場の自由化という考え方を推進する側にまわっています。また、資本というのは、特にアメリカ・ヨーロッパにおきまして、特定の資本は政治家との結びつきが絶えないわけです。それによって、政策案が取られます。IMF、それから世界銀行は途上国における多国籍企業、また世界的企業を生み出すまでに至っていますが、今より草の根の取り組みのことが求められていると思っています。

 新自由主義というものは、非常に具体的に多国籍企業が途上国に進出することによりまして、貴重な資源を活用する、或いは取り込んでいるということにも関係があります。社会主義というのは、今評価されたように、今や対抗する軸になりえなくなっています。どのような議論の対抗軸を立てたらいいかということを思ったところを所感として述べました。

多賀:

 明日午前中王先生はもう一度発表の機会がありますので、今日飛ばされた具体的なケースとともに、今のコメントを取り上げてお話いただければ、大変ありがたいと思います。

プジオノ:

 今日は四つご紹介したいと思います。まずは、この機会を捉えまして、ごく簡単に人間の安全保障というコンセプトについて、現状とそして今後どのようにより良くするために、われわれがここに集まっているかについてお話したいと思います。それがどういった焦点をもって、また、何を基盤に、柱にして、アジアというものを考えてしているのかということも考えて見たいと思います。

 それから、災害というのは、人間の安全保障の一つにアジアにおいては含めたいと思います。背景についてご説明します。まず1994年にUNのアマルティア先生によりまして、人間の安全保障の考え方が初めて持ち出されました。これはこれまでの安全保障、つまり国の安全保障或いは他のハード型のセキュウリティ型と呼ばれているハードとセキュウリティが仮にあるとすれば、そういった安全保障に対比してこの人間の安全保障というものがどういった補完的な概念であるということを模索しようとしたものです。人間の安全保障はこれまでの従来型の防衛、或いは安全保障より或いは人間のより広い生活圏に当てはめようとしたものです。したがって、この攻撃やこの他の国が他の国に対しこの武力を放つとことだけの意味での安全保障ではなく、より幅広い人間の生活に根ざした安全保障ということを取り上げようとして、それによってNGOなど、市民団体がここに変わっています。安全保障という概念を国概念のレベルから我々にとっても身近な人間のレベルに如何に置き換えるかということでもあります。この人間の安全保障をどのようにテーマとして追及するということでありますけれども、選択肢を増やすということともに、人がそういった安全保障の理想に達成できるように、どのような方策があるのかということを考えるということです。それから12年経ちました。人間の安全保障はその間どういった進捗を見たかを考える時に、例えば、この部屋を出れば、何でも自分の好きなようにしてはいいという意味ではありません。緒方貞子先生とアマルティア・セン先生の人間安全保障の報告についての話などが出ております。それ以外に私自身が正直に申し上げまして、人間の安全保障が理想的な状況に達したかどうかについては、未だ自信がもてるというものではありません。これまでにない概念であるということもこれにかかっております。したがって、今日とまた明日の議論が今後の方向性を引き出す意味での役を立てればと思っております。

 我々の論じろうとする枠組みでありますけど、天児先生はかつてアジアのヒューマン・セキュリティというものを提唱されました。このアジアの人間の安全保障といった場合、アジアという概念がやはり曖昧模糊としていると思います。ウェンティ先生は経済的な意味では、そのオン先生は、経済的な意味から、エコノミーの意味から分析をされました。例えば、地理的には北アジア、中央アジア、また東アジア、東南アジアという考え方がありますが、この場合のアジア・コミュニティーの人間の安全保障といった場合には、どういうアジアを指すかということがはっきり致しません。アジアは人口の60%、世界の3分の2に当たります。様々な機構、APEC、それからARFはアセアンの拡大組織です。その中で、明確に地理的にないにしたら、どういったコンセプト上の枠組みの中で語るということをはっきりとさせておく必要があります。また、ハードな従来型の国レベルでの安全保障を考える時に、様々な安全保障上の取り組みが日米安全保障協定、それからアメリカとフィリピン、それからアメリカの太平洋艦隊の存在、そしてまたグアムが軍事基地として強化されています。それによりまして、アメリカがこの地域において果たすべき役割をより高めようとしています。APECが経済の取り組みでは平行してありました。また、この地域的なグループでは、サークがあります。

 もちろん、私が申すまでもありませんけれども、パキスタンとインド、そしてバングラデシュがこの同じ会合で理解するということは、場合によっては難しいといってもいいかもしれません。そしてまたこの南太平洋諸国のほうでも会合がありますけれども、どちらかというと、未だそれほど固まったものではありません。

 アセアンはそういった意味では、比較的に安定したより包括的なこの展望を持ったグループとして位置づけを確立しています。信頼醸成でお互いにこの攻撃をしないための仕組みでありますけど、経済や文化に限らず、例えば、防衛の面でも今は議論になっています。

 アセアン+1、アセアン+3といった場合に、アセアンと中国、韓国、日本ということで、それぞれアセアンが一カ国ずつと会談をするということでありまして、アセアン+3といっても、それらが全部参加したということは珍しいわけでありまして、アセアン+1・1・1といってもいいかもしれません。

 ARFがこれまでの従来型の安全保障、アジアの太平洋、そしてまたほかの防衛にかかわる事項を取り扱いますけれども、この14年間、そのあり方を模索しています。ということで、大変興味深いと思います。

 それでは、人間の安全保障という点でありますが、委員会でも人間の安全保障によって、経済、それから食糧の安全、それから人的な安全、それから地域社会、それから政治的、健康、環境などの安全というところまで、話題を広げることが出来るわけです。今朝、その点を眺めて疑問を抱くと、問題を提起すということが十分出来ることだと思います。また、私どもの作業の分担、どこまで行ったかといったことも考察するべきだと思います。経済という意味におきまして、温鉄軍先生は広範な研究をなされてございます。アセアンのいわゆる竜のなかで、それからまた10年前でありますが、アセアンの竜たちはその中心にいるであろうと思われたのですが、しかし、金融危機が起こりまして、経済構造、或いはその包括的なものが存続したというだけです。それから、地域的なアセアンの構造でありますが、これは今までと同じでありまして、経済的な枠組みを東アジアにどういったように求められておりませんので、そのままになっていると、今日の形はそのままになっていると思います。安全保障の問題、それから新自由主義の問題についても言われたと思いますし、そういうものも私どもの生き方に影響を及ぼしているわけです。また、例えば地球のテロでありますが、人命に影響を与えております。ですから、いわゆる新自由主義の台頭に、色々な定義が変わってきているわけです。アジアのコミュニティー、これは回教の、ムスリムの社会がありますし、そういった方向が伺えると思います。それらのものを取り上げる。タイの南、インドネシアのアチェ、フィリピンのミンダナオ、ミャンマーのカリー、こういったような地域社会におきまして、さらなるマージナライゼーションが起こるということです。こういったことが見られているわけです。私どもとしまして、こういったものが安全保障の問題だから、心配することではないといたわけです。ですから、アジアに起きまして、どのような安全保障の問題であろうとも、それは人権と分けて考えることができないわけです。また、人種的な、マイノリティ、或いはジェンダーの問題などと分けて考えることができない。したがって、この安全保障、そのものの問題ということを考えるには、より包括的な捉え方が必要になると思います。第三点です。社会という意味において、これまで存続できるようなシビリティ・ソサエティがないわけです。アセアンにおきましても、人が集まればアセアンの人種のマイノリティの会議を見たことがないと思います。ですから、社会といった場合、シビリティ・ソセアティといった場合ですが、全体としては、地域の対等する権力・力、全体の中から出てくると思いますが、そういったことがありますし、また人道的なワーカーとして過去15年携わってまいりましたので、強調したいのは災害もまたポイントの中に入れていただきたいと思います。災害といったものは問題であります。ボトム的な社会や或いは伝統的な社会が直面しているのです。皮肉的なことを言いますと、自然的にこのようなことがあり得るので、災害の問題が一番大きな影響を与える。例えば、日本のような高度な経済成長を遂げた国の場合も、神戸大震災の後に何も残されていない。同じような地震がインドネシアに発生すると、11年のあとでも、そのつめ跡が残されている。未だに消えていません。カシミルも同じです。災害が存続することに関わっています。スリランカの津波も起きましたけれども、アチェにも同じようなことが言えると思います。とても複雑な状況になっていると思います。逆に、災害が偶然に平和の機会を授けてくれました。つまり、その場合によって違います。災害は開発の果実を取り上げてしまいます。破壊というものは犯人に当たります。それに、災害によって提出される機会と言うのは何でしょう。人間の安全保障にどういった影響を与えるでしょうか。災害に対しては、どのような国、どのような政治体制、どのようなイズムであるとも、災害が人道という意味において重要なものです。インド洋などの世界の最も大きな自然災害に対しては、全世界から手を繋ぐことを実現したところではないかと思います。そのような開発をすれば、人間性というのはお互いに手を繋いで努力するだけではなく、それが忘れられると思います。何年間か経てばと思います。それで、そういうような危機的な状況の中に焦点を合わせられれば、その運動力が失ってしまいました。こういったような連帯・共有は皆が関わるチャンスになっています。安全保障という意味において、災害は機会を提供する。より良い理解で安全保障の意味を提出するわけです。災害地において、国の防衛ということに手を出せないということもあります。防災ということは、ロシアや中国の誰であろうと、その災害時点に移動することができるわけです。関与するということができるわけです。中国軍はアメリカ軍と手を繋いで、ロシアもその災害時におきまして、そのようなことに抵抗する人がいないと思います。災害というものは新しい安全保障の前線を提供してくれると思います。これは敵に対する安全保障ではなく、あらゆる人との安全保障です。ですから、この新しい安全保障をどう捉えるのが難しいですけれども、しかし話し合うことでこういった側面・パラダイムから眺めることができると思います。終わるに当たりまして、人間の安全保障委員会というものという約束があります。人間の安全保障に関わる対話をすることによりまして、まず平和の共有・平和的な活動、それから維持できる形の開発ということ、そうした三点について約束が現実だと思います。そのような持続可能な発展、災害を取り上げた新しいパラダイムに転化することができると思います。新しいパラダイムといいますのは、2005年に日本がそこでもまたリーダシップを持っている所謂兵庫行動の枠組みというものを出しまして、世界における貧困な社会を2050年に向けての災害に対する協力を固めることが出来ました。ありがとうございました。

多賀:

 ご報告を頂きました。これは天児先生に一つ簡単にお答えていただいておきましょうか。そのアジア・ヒューマン・ネットワークという時の「アジア」はどこを意味しているのかという問題提起でございますけれども、それを簡単にお答えていただいて、それからフロアのほうにお願いします。

天児:

 アジアは何かという議論がずいぶん色々ありますが、基本的に私の頭にあるのは、アセアン+3、これにインド、いわゆるインド・パキスタンよりも東アジアのところです。地理的なことは一応頭の中にありますが、先ほどのプジオノさんのご指摘されるように、様々なそれぞれのイメージを持って、それぞれの人々が語っているのは現実だろうと思います。ですから、私はやはりアジアが抱える様々な問題が共有できていく、共有してそれが広がっていけば、それがアジアであるということをそれで受け入れていいではないかと思います。アジアというものを、地理的概念或いは文化的な概念で必ずしも区域していかない。しかし、コア的部分の一つのイメージは、やはり地理的な概念をまったく無視することができない。それは私が先ほど最初に申し上げたのですけれども、これは私の考えであって、それが違うという議論が当然あり得ると思います。それからアジア共同体の議論を、私はしばしばアジア共同体という言葉を使って、あまり東アジア共同体という言い方を使わないのですけれども、その時にある意味でそれはある種の固定的な枠であるのかというと、そうではなくて、私はある意味でステージであると捉えたいと、人間の社会というものを、やはり国を中心に動いている地域、最終的に地球レベルのグローバリゼーションというものを考えなければならないという、こういう部分がものすごく増えているという現実もあるし、やはり最終的に目指しているのは地球市民ということだろうと思います。そういう意味では、そのリージョナルというレベルを固定的考える必要はない。ステージとして、そのように私はアジア共同体というのを持っているかなというふうに思っているわけです。

多賀:

 ありがとうございます。議論に対してはスティックにならなければならないですけれども、国連大学にはずっとインテグレーションについて研究を続けてきていますけれども、そこで定義されたリージョンというもの、これは天児先生が先ほどおっしゃったように大体一致するという、領土性というものは地域的な概念を越えて、それから後の一種オリエンテーション的なイッシューとして、それが色々な手を伸ばして、ほかの地域にもこう踏み込んでいく、こういうふうな考え方が一つあるだろうというふうにだけ申し上げたいと思います。どうぞご質問なり、コメントなり、はい。

質問:

1.(山田)プジオノ先生、共有のお話、どうもありがとうございました。実はこのAHCでも2005年に和平や市民社会への支援という形で一つの大きなシンポジウムを行いましたが、先生がご指摘のようにアチェの場合は結果的にその世界の支援を呼び起こして、それが和平を後押しすることができました。凄く興味深いのは、こういう紛争の和平が、その政治的な解決だけが語られてきていますが、むしろプジオノ先生のおっしゃったように、その社会開発ですか、その地域に住んでいる人たちの根本的な格差の改善のようなアプローチでまた解決できるではないかという点に非常に関心を持っておりますが、二つご質問したいですが、紛争のほうは和平にうまく行って、地方選挙がアチェのほうは順調に進んだのですが、災害後の復興というものはあまりニュースになっていないですが、一つはその状況はどうなっているかということと、二つ目はスリランカやカシミルも同じようなことを経験したわけですが、あそこはなぜ和平を含めた進展が進まないかなあという非常に難しい問題ですが、アドバイスがあれば、ちょっとお聞きしたいと思います。どうぞ宜しくお願いします。

2.(キムベン・ファー)プジオノさん、大変面白いプレゼンテーション、ありがとうございました。私の質問はどちらかといいますと、機能に関するものです。われわれは働いている機能ということです。日本に来る前にマレーシア駐在のノルウェーの大使とお話をした機会がありますが、ノルウェーはご存知のように人間のセキュリティと大変強く関わっているわけです。ノルウェーの外務省の中では、人間の安全保障というのは人権の部門の下にあるわけでございます。人間の安全保障というものは人権の枠組みの中に捉えられています。ですが、人間の安全保障を歴史的に見てみますと、まずはアマルティア・センさんが提唱したわけですが、そのコンセプトがどうして普及してきたといいますと、これはマブハクというパキスタンの経済学者が提唱したことがあります。ということで、人間の安全保障が外交官とかジャーナリストとかそういった人たちの中で語られるのは彼の貢献が大きいわけです。その中で二つの論調があるわけです。安全保障とそれから人権と、普通は政府の中では組織的にこれを人権のもとに置きたい。ところでは、インドネシアの場合は、例えば津波の後、この災害管理というのは大統領府のもとに直接に送られたわけです。即ち、まったく対立する議論があるわけです。政治家というのは、人間の安全保障はどこに置くかということについて、恣意的に選ぶことができるのではないかということです。われわれ知識人たちはどのようにこれを受け止めればいいでしょうか。

多賀:

 本当にいい質問をお聞きいただきました。これらの質問に対して、簡単にお答えていただいて、明日またプジオノさんはまたご報告のチャンスがありますので、この問題について大きく取り上げていただきたいです。ここで簡単に答えていただきましょう。

プジオノ:

 はい、ではお答えいたします。まず山田先生のご質問ですが、なぜ災害によってカシミル或いはスリランカでは平和になれないのかということですけれども、世界はその災害に対して方法はまずい、その思いはいいですけれども、その方法がまずいと思います。というのは、色々な資産、或いは色々な支援というのがコミュニティーを崩すことに繋がってしまうのです。それは非常に大きな問題だと思います。人道的な破壊が去ったあと、その残骸が伝統的なコミュニティーに残るわけです。私自身が見たところです。西半球の人道的支援の中で、結局コミュニティーの中で対立が生まれてしまう。そして、それを癒すためには何年もかかります。問題の一つはこういうものだと思います。キチンとした計画が社会にはないこういった破壊に対して、その対処的な方法しかないと思います。そしてもう一つ、その状況によって全部ケース・バイ・ケースだと思います。アチェの再建の場合には、カシミルと違い、その破壊の具合、或いは被害はグジェラトと同じぐらい大きかったと思いますが、それぞれの状況に対して、その試行錯誤を重ねて、それぞれに対処していくということが必要なのです。第三点と致しまして、十分なモメンタムが未だ国の内外に出来ていないわけです。戦略的にこういった災害を機会に捉えて改善するという仕組みが未だ出来ていないわけです。災害の被害を受ける、こういったところ被災地というのは変革を受け入れる度量が大きいと思います。政治的に押し付けられるものと比べて。これをアチェの場合には最適な形で捉えて、そして和平に繋がったということです。カシミルの場合でも、インドとパキスタンが国境を開いてそしてその軍事的な施設を使って、再建をしたわけですけれども、でもそれをつづけなかったわけです。スリランカの場合は、やはり人々の生活のためにはその整理がついたわけですけれども、やはりこれが実現できなかったということで、どう前へ進めていいのか、私には答えがありません。それから人間の安全保障とそれからガーバンナンスということの位置づけですけれども、私はまた同じことを目撃したと思います。人間の安全保障というものがそれぞれの当事者がそれぞれの利益にあわせて解釈していくわけであります。人間の安全保障、これは従来な安全保障をさらに拡大することであります。それによってより包括的にやろうと思います。日本の政府が言っているのは、よりソフトな安全保障だと思います。従来の安全保障の外のところで問題の提起をしようと思います。北欧側の安全保障、即ちノルウェーやスウェーデンなど、これは人道的なほうだということです。ということで、かなり見方が異なっているわけだと思います。そう考えれば、政府によって対応が違うのも勿論のことだと思います。これは人権の一部であると、ほかの国ではこれは従来の安全保障の一部であるということ、またほかのところでは、政治と経済の組み合わせとしてみているわけです。結局知識人、実務者がこの概念がどういうものであるのか明らかにしなければならないと思います。

多賀:

 お答えいただきました。そして明日のシンポジウムのほうで生かしていただければ大変幸いです。先をちょっと急ぎます。勝間先生、宜しくお願いします。

勝間:

 早稲田大学の勝間と申します。もう12時も過ぎて、皆さんもお腹が空いてきていると思いますので、時間厳守でやりたいと思います。まず人間の安全保障という概念について簡単に私の考えていることをお話したいと思います。一つは複数の国家が跨るグローバルの問題が顕著化しているということ、二つ目は国家の内部における亀裂の問題が顕著化だと思います。その結果、国家だけではなく、地域の協力が必要になる、国家だけではなく、国際機関・NGOなどのファクターが重要な役割を果たしているというようなことになっていると思います。こういったイッシューの一つとして、アジアにおける人身というものを、アジア・ヒューマン・セキュリティが対応すべき課題のひとつとして取り上げたいというふうに思っています。

 まず特に子供の性的搾取のグローバル化について振り返りたいと思いますけど、一つはサービスですが、その買春をする側、国境を越えていくという現象だけではなくて、性的なサービスを提供する側も国境を越えて活動することになったと言えます。次に、モノ・グッズ、モノについてですけれども、技術進歩と規制の欠如によって、ポルノが急速に広がっている。ビデオカメラとか、インターネットの技術革新、規制が追いつかないと状況があるわけです。三つ目としまして、斡旋のなかでこれは国境を跨る需要と供給の媒介になると、これによって、その性の商品化になっているわけですけれども、その時に、その国際性的犯罪というものが介在しているということが特徴としてあるわけです。それではアジアにおける子供の人身売買の状況を少し見ていただきたいと思います。アメリカ国務省の推定によりますと、年間アジア特に東南アジアから20万人ぐらいの女性とこともが連れ出されたというように報告されています。ということですので、はっきりしていることが分からないということです。これは世界の女性と子供の人身売買に東南アジアが三分の一を占めているということになっているといえます。人身売買の目的としては、性的な搾取のほかにも、児童労働として使われる、ラオスやタイにおいては麻薬の密輸、ベトナムには養子縁組で使われているとは言えます。これは少し見にくいですけれど、これは私が作った地図ではなくて、ジョンズ・ホプキンスのチームが作ったマップなのですが、この人身売買の動きは、こういったふうになるわけです。これを見てもお分かりのとおり、アジアとそれ以外の地域、特にアメリカ大陸との間には非常に大きな動きがあるというのが全体の図からお分かりだと思います。そして左下の図を見ていただくと、そのタイがハブとして機能しているといえます。ハブというのは、いわば輸出国と輸入国があると、その中間のトランジット・ポイントいうのがある、そのトランジット・ポイントの最も大きな国としてタイだということお分かりだと思います。これはアジアにおける多くのNGOが協力しながら作ったデータなのですけれど、左側は輸出国、カンボジア・ミャンマー・ベトナム・フィリピンというのがあります。どういった目的で、どこへ売られていくのか、輸入国というのは右側にあるわけです。見ていただくとお分かりのとおりに、アジア以外のヨーロッパやアラブ地域というところに多く輸出されているということだと思います。特徴としては、アジアの中に日本は重要な輸入国になっているということです。次に輸入国としての日本の特徴なのですが、先ほどお分かりのとおり、インドネシア、例えば輸出国、通過国、トランジット・ポイント、輸入国としての特徴を持っているわけですけれども、日本は1970年代に売春ツアーというのは非常に問題になっています。日本人が出かけていって、性的搾取・人身の売買に関わるということです。その後、色々な規制がタイにも行われていることもありまして、90年代は今度は日本に人間が輸入されているという現象が起こっているわけです。この現象は非常に大きな問題として、アメリカ国務省が発行する『人身取引報告書2004年』によると、日本は監視対象国ということに分類されています。要するに、これは制裁に対する一歩手前であるとアメリカの国務省が言ったわけです。日本の政府が大きなパーニックを起こしています。このとき、ユニセフの職員だったので、これにも巻き込まれたということがあります。それでは、こういった現象に対して、どういった取り組みが行われたことについて、国際社会のレベル、アジアにおける取り組み、そして国内の取り組みについて簡単に触れたいと思います。

 まず国際社会のレベルでは、『子どもの権利条約』というのは1989年に採択されまして、その34条そして35条丹はその性的搾取については性的搾取、或いは性的虐待から守られるという案が国際社会の中で位置づけられたというふうに思っています。その状況について分析するために、特別報告者が設置されたということです。その後にはECPATという大きなNGOの大規模の啓発活動に基づいて、ストックホルムで1996年に「子どもの商業的性的搾取に反対する世界会議」というものが開かれたわけです。その後に2000年に『子どもの権利条約』の選択議定書として、子供売買・子供買春・子供のポルノということに関して、国際的な規範を設けるということが行われました。同じ年の後半に、『パレディモー議定書』、これは『国際組織犯罪防止条約』の選択議定書として「人身取引議定書」が設けられたということがあります。そして今度は2004年から「人身売買に関する国連のスペーシャル・レポーター」がされたという、こういった流れがあります。

 それからアジアにおいてどういうような取り組みがされたかということをすこし振り返ってみたいと思います。実際にはアセアン閣僚会議においては、人身売買の問題を1999年から其の地域の課題として取り上げられております。そしてストックホルム会議のフロア会議として2001年日本は加害国として非常に責任を感じて「第2回子どもの商業的性的搾取に反対する世界会議」を行っております。そして、2003年からコミットというプロセスがありますけれども、これは人身取引に反対するメコン閣僚イニシアティブというもの、これは6カ国、中国・カンボジア・タイ・ラオス・ベトナム・ミャンマーの6カ国が共同してその人身取引に取り組むということを始めております。翌年の2004年10月、MOU(メモリ・オブ・アンダースタンディング)を交わしたと、これは画期的でして、初めての地域協定がアジアで結ばれたというような注目を浴びております。その翌月にアセアン会議があったわけです。『人身売買に反対するアセアン宣言』というものが出されております。こういった流れの中で、アジアにおいて、その取り組みに加えて、その取り組みが制度化されているということがあります。さて、日本においてどういった取り組みがだされたというと、1999年に『児童買春・児童プルノ禁止法』というものが制定されております。そして、日本政府は2002年にその選択的議定書の『パルディモー議定書』に署名、そして2004年、特にアメリかの国務省の報告書で制裁一歩手前の国だということで、危機感を感じて、「人身取引対策関係省庁連絡会議」というものが設置されました。同じ年の後半「人身取引対策行動計画」が策定されてきます。翌年、刑法を改正しまして、「人身売買罪」というものが制定されました。それで日本国務省は日本が努力してと、少し分類をあげたということがあります。これは具体的にどういった問題であるかというと、こういった新聞記事があるけれど、日本でタイの13歳の子供、人身売買は日本でされているということです。また2006年に15歳の子供が日本で人身売買されている。日本における子供の値段は一人当たり230万円です。同じ子供が三年間のうちに5回転売されている。そういったことが摘発されたということがこの新聞記事で出てくるわけですけれど、問題は13歳のこどもが犠牲者としてではなくて、加害者として逮捕されたわけです。当初は。要するに不法滞在していると。パスポートもない、何もない、そういった子供が加害者として逮捕されているということです。人たちをその犯罪者ではなくて、被害者して救済する、そのための国家間の地域協力が必要になるということが言えます。また、政策制度の面には、人権を守るシステムを構築していく必要がある。人間の安全保障の視点からすると、保護という側面から地域協力の体制を作らなければならないことが言えると思います。これはいわばプレファクターです。引き寄せ要因です。これに対する対策ということも必要だと思います。もう一つは社会的弱い立場に置かれた子供と女性の教育、地位向上というものを行わなければならない。これはいわばエンパワメントの側面だと思います。そのエンパワメントとしての地域間・地域内協力が必要になっているという押し出し要因、プッシュ・ファクターに対する対応というのが必要になっていると思います。個々の国家のみで人々の安全保障できない状況がアジアにおいてあると、これに対して、アジア・ヒューマン・コミュニティが対応することが必要があると、こういった問題提起をさせていただきたいと思います。以上です。

多賀:

 短くまとめてくださいまして、ありがとうございます。大変深刻なトピックであると思います。この売春或いは労働に触れなかったのですけれども、ヒューマン・トラッフィクは今度臓器移植にも結びついていますけれども、これはもう大変な問題を生み出すということが予測されております。どうぞ、二人ほど、質問なり、コメントなりちょうだい致します。どなたでも、どのポイントでも結構です。

質問

1.(チャンタナ・ウンゲオ)プレゼンテーションは大変明確だと思います。確かに、これは人身売買・売春だけで対応すればいいことではなくて、権力構造やそしてそれぞれの個別の国々の政情にも根ざしているということで、まさに的確な指摘だと思います。このメコン流域の国々の取り組みについては、まさにこの市民社会とNGOは願いを叶ったと思います。同時に、偏見は未だ強くあります。従って、そういった慣習が続いて或いは残していくかということになっております。お金がかかっているということもありますし、それから政治的にもその一部が支えられていると思います。したがって、根源的な取調べをするべきだと思います。現象止まりではなく、現在の枠組みでもって、どのようにしたら、その根源的に出すことが出来るのか、その構造的な分析が一つ、それから現状にどのように対応するかが二つ目だと思います。

多賀:

 どうも。例えば、ニューヨークタイムズのニコラス・クリストフという有名な記者がいますけれども、彼は5回ぐらい連載しましたが、タイからカンポジアの間のヒューマン・トラフィックの問題を、そういう点も、どうぞご参照いただければと思います。ありがとうございました。それでは、先を急いで、宜しいでしょうか。今の問題。良いでしょうか。午前中の最後の報告で、王先生にお願いします。今度はHIVの問題です。

王名:

 こんにちは。始まる前に、まず天児先生・多賀先生をはじめ、スタッフの方々にお礼を申し上げます。お招きいただきまして、ありがとうございました。私は中国北京にある清華大学の教授で、1997年に名古屋大学を出て、翌年の1998年に中国へ帰りまして、中国初のNGO研究所、NGO研究機関です。清華大学のNGO研究所を作りまして、それ以来もう9年間経ちました。この9年間にはずっと中国におけるNGOの活動についての調査・研究をしてきました。今日はNGOの話をあまりしません。中国でのエイズ問題について語ります。私はお医者さんでもないし、エイズ問題の専門家でもありません。なぜエイズ問題について研究しているかというと、去年の一年間、私どもは中国の13の省・地域を渡って、エイズ問題に関わったNGOのことについて調査をしてきました。かなり難しい調査だったのです。この調査を通じて、エイズ問題の深刻さについて驚くほど実感してきました。今日はあまり時間がありませんが、全体的なことについて簡単に申し上げますが、私のほうからVCDの映像がありますので、それをちょっと天児先生に贈呈いたします。それは中国のエイズ問題でかなり有名なNGOが作った映像です。これは河南省で数年前に爆発されたエイズ村のことについて、彼らの調査をベースに作ったものでございます。どうぞ。中国語で作ったもので、時間があれば、どうぞご覧になってください。147分間、長いです。まず、この図を通して、現状の基本的の状況について簡単に説明していきましょう。中国初のエイズ患者は1985年に発見されて、1985に僅か上海と浙江省だけです。その10年後の1995年になると、ほぼ全域、1998年になると全て、全ての省にエイズ感染者が出てきたわけです。数から言いますと、最初はかなり少なかったのです。1985年に5名、2004年にもう3万、去年になると18万になったわけです。これは感染者の地域的な分布を示す地図で、一番深刻な地域は河南省と雲南省と南の江西省、この三つの省です。感染者の数は増えています。省ごとに1万を超えています。それからは新疆、四川省、河北省、安徽省、貴州省と広東省、これは5000を超えている。河南省のほうは主に闇献血、雲南省のほうは麻薬の注射が中心で、雲南省と江西です。ほかの地域は、これを見て分かりますので、今は既に発見された感染者の中で一番割合の大きいほうは麻薬の注射、二番目のほうは闇献血、数から言うと闇献血、それから売春です。それからMSM、大体メインの四つのルート、後でその説明図もありますので、地域によって、その構造が違うわけです。このような問題に対して、政府のほうからかなりの努力をとってきたわけです。最初は状況はそんなに深刻ではないという認識があったのですが、2004年以後、政府はもうかなり深刻な問題に直面していることは認識できたわけで、法整備も政府のほうから資金提供も、あと国際協力システム作りにかなり力を入れてあるわけです。

 法整備に関しては、2006年、昨年の1月に中国の初のエイズ法、「エイズ防止条例」が公布されて、それから多くの地方も、主に河南省・広東省というエイズが深刻な地域で地方自分の法律もできたわけです。あと、財政面から見ると、かなり膨大な資金を投入しました。最初は1985年の予算は2000万元、昨年の予算は20億元をオーバーしています。かなり出しています。地方の予算も省によって違うわけです。貧しい地方の格差がありますから、貧しいところと豊かなところの予算が違うわけです。

 あと、国際協力も色々な国際機関と協力して、国際NGOと協力体制を作り上げて、民間を国際機関からの資金提供もかなり大きな金額になっているわけですから、今は1億ドルを越えているわけです。あと、政府から行政システムを使って全国的な監視システムとか、治療システムは、その治療システムには一応そのシステム作りに力を入れてあります。

 特殊な人々に対して、あとは例えば「民工」、流動人口です、買春の人々、あと麻薬販売者対象に色々な措置を取ってあるわけです。政府のほうの努力・NGOの努力もこの最近の3年間ですね。もともとNGOがこのエイズ問題にあまり関わっていなかったです。最初は勿論マスコミの報道あるわけで、そんなに深刻ではなかったと。エイズ問題は1980年代には、それは海外から輸入されたというような認識でした。その後、状況は大分変わってきたわけで、NGOはこの分野に入ったわけで、そのエイズ分野でもこのNGOが出来たわけです。

 私どもの調査では,およそ500社を超えているというような規模のNGOは、このエイズ分野で活躍していることがわかりました。それで、その中に草根のNGOが一番メインです。数からいうと草根のNGOは一番多い。それに海外のNGOもたくさんやっている。エイズ問題に関わる国際NGOはたくさん今中国にやっています。あとはコン、政府系のNGOは一部が入っているわけです。

 彼らの主な活動はまず海外のNGOに関しては資金提供を中心に、主に資金を提供しているわけです。その資金の一部はNGO、一番NGOと協力しているわけで、でもそのメインは政府のシステムに流れていくわけです。あとは技術者協力のほう、海外のNGOで、草根のNGOのほうは、そのメインはエイズ感染者、及び感染されやすい人々へのサービス、彼らはそのエイズ問題の第一線で働いている、活躍されていることがわかりました。大きな役割を果たしているわけです。というのは、政府のほうからたくさんのお金をコンゴに出していますが、お金は基本的には草根のNGOまでは行かないです。コンゴのほうから流れていくわけです。ごく一部は感染者に行っているわけです。後で問題も取り上げますので、コンゴはメインに委託事業、政府委託事業を受けて、後政府関連の事業を行っています。後、海外NGOも草根のNGOもコンゴもエイズ関連の宣伝とか、キャンペインとか、教育とか、それらのことをしているのです。感染者も自分なりの組織を作っています。特にMSM、彼らは全国的なネットワークも出来ています。あとは感染地域で、そのエイズ孤児を保護するというような組織も河南省とか、安徽省とか出来ています。彼ら自分で作っています。後は血液感染に関わる感染者たちが作った人権保護の措置も出来ています。後は一部のNGO、エイズに関わるNGOが政府に対する働きかける活動はずっとしてきたわけです。政府の政策転換は大体2004年ぐらいに転換されたわけです。その一つん原因は、NGOの働きかける活動によって、政府に情報を流してきたわけです。それは提供したわけです。それは大きな役割を果たしたと思います。

 今の問題は、NGOも努力しているわけです。勿論政府はまったく努力をしているわけではない。でも実際の問題はまだ深刻です。かなりこの問題は解決までは時間がかかる、努力は未だ足りないというような感じです。六つの問題があると思いますので、まずは感染の範囲はかなり広く、そのスピードが速いわけです。地域から見ても、人数から見ても。二番目のほうは、流動性が高い。後ろにもこれを見て分かると思いますので、一番今感染しやすい部分は、売春管理、売春管理に関しては一番発見されにくい部分です。もう8割ぐらいは感染されても報告はしていない。流動性もかなり高い部分です。今はもうすでに一部の特殊人口から一般人口に蔓延されてきて検査できない割合は相当大きいわけです。2003年から2006年までは売買春による感染は19.8%から28%まで増加してきたわけです。ここにもう一つ大きな問題は、政府と国際機関からたくさんのお金は出ているので、また毎年その資金は増加していますので。

 しかし、この大きな資金は感染者まではいってないわけです。たくさんのお金は中央政府とコンゴの口座に残ったままです。これは大きな問題です。なぜかというと、感染者は見つからないです。誰が感染者か分からないのです。政府もNGOもたくさんの努力をしていることも事実ですけれども、感染者はなかなか現れてこないわけです。これは大きな問題です。今は政府の予測としては65万の感染者、国際機関の予測としては100万超えています。でも、実際の感染者は昨年の年末18万しかありません。8割はまだ普通の一般の彼らの自身も知らないかも知れません。知っても報告はしないというような状況はかなり深刻で、これは資金だけの問題だと思わないです。もう制度上の問題もあるし、あとエイズその特別の感染病の問題でもあると思います。もう中国はかなりこの数年間アジアで2番に感染国になっているわけです。結果としてはまだまだこの問題は解決できてない。色々な努力は確か払いましたけれども、結果はまだまだ解決できてないということです。

多賀:

 ありがとうございました。一点に絞り込んでご報告いただきました。コンゴというのは、政府が組織したNGOであります。なかなか複雑な感じが致しますけれども、どうぞご質問を。

質問

1.(谷山)王先生、ありがとうございました。私たちが南アフリカでHIVエイズ感染者のための活動をしています。介護のケアとコミュニティー・デベロプメントという意味での農業技術ですね。なぜかというと南アフリカは今人口10人に1人が感染しています。5000万くらいですから500万人ぐらいですね。さらに10代から50代まで絞ると5人に1人です。一番多いです。とても深刻です。なぜ南アフリカに多いかというと、フムランド政策の影響があって、結局コミュニティーが完全に崩壊している中で男が都市に出たりしてそこで異性行為をしているわけです。結局本質的な解決はコミュニティーを再生することしかないと。外に人々が出ていかなくてもすむ同じにコミュニティーで助け合えるのです。それを考える時に中国のHIV及びエイズ感染者の増大はいわゆるこのテーマで言うと、アジアのグローバリゼーションの中でどういう構造的な原因があって増えたのですかというのが一つと、もう一つは朝日新聞で特種をやっていたかと思いますけれども、エイズ支援のNGOが政府に弾圧というかなあ登録を抹消されたとかなり当事者のエンパワメントするNGOでもう活動ができなくなったと。まあ、地下で活動していたというのがあったけれども、王さんは一つのアドボカシーによって政府の政策が転換してきたというそういういい例もあるけれども、要はかなり当事者の社会変革の運動に発展する可能性があって、エイズのいわゆる支援運動というのは、それは中国の社会状況の中ではどのくらいの可能性、どういう状況にあるのでしょうか。

2.(チャンタナ)タイからです。一つ例を挙げたいと思います。もしかしたら聞き漏らしたかも知れませんが、発表の中にあったと思いますが、NGOの今後だけではなく、新しいネットワーク或いは感染者によって状況が変わってきたと思います。タイにおきましてHIVの感染者のグループは大変協力でありまして、国家の政策に対する反対を唱えています。うまくその国のリストの中で、福祉でカバーできるようにしています。ですから重要なことはこういった人々が組織化をすることが大事だと思います。そしてこういった情報を持つということ、それによってかなりのリスクを下げるということがHIVに関して出来るかと思います。もう一つ申しあげたいのは、人身売買HIVの関連です。これはジレンマ人間のその保障に関する問題です。人間の安全保障に関することにもなりますが、人身売買でありますと、なぜこれがこの現象が存在するのかという問題があると思います。なぜこういったものが続くのか、存続するのかということです。人身売買に加害者というものは、その経済的な依存度をさげなくてはならないわけです。即ち、既存の経済モデルに合わせてそのような落とし穴から抜け出ることができない、どこからも出られない、だからこそ加害者になると思います。次の世代も続くことになると思います。永遠化されますと、こういったような形では自分の手で問題を解決するような力がなくなってしまうわけです。ですから深いところでの分析が必要ではないかと思います。

王名:

 コメントいただきました。ありがとうございます。まずは原因ですね。私のほうから申しあげますと、根本的には二つの原因があると思います。まずは社会面、もう一つは経済面。社会面から言うといい話と言うと社会の再建、社会の変革、社会の移転です。悪い面からいうと、それはコミュニティーの崩壊です。確か中国ではそういうこともあります。あの社会の急変化の中で、コミュニティーの機能がだんだん昔なりの機能がなくなってしまうわけです。新しい機能は出来ていないというような状況の中で、コントロールできなくなってしまう。

だから、これは勿論個人にとっては、影響が大きいと思います。それと同時に経済の再建です。経済の再建はいい面から見ると、それは社会主義経済から市場経済へ変わっていくわけです。悪い面からいうと、それは昔なりの経済システムが崩壊してしまう。新しいシステムができてないという状況になると、人々は生活を維持することができなくなってしまう。例えば、河南省の闇献血の原因はどこにあるかというともう今までの生活状況はできなくなってしまう経済の影響で自分の体の中の一部を売らないと生活できない状況です。そうしてしまうと、じゃもう人間の安全は守ることができなくなってしまいます。勿論経済の地上経済の発展による人口もかなり激しくなったことも一つの原因だと思いますので、経済面と社会面の変化はエイズ問題の爆発の大きな原因だと私は思います。

 もう一つ、政府とある意味、国家とNGOの関係にも関わるご質問でございます。それは私が思うことに、今は中央政府の立場から見るとエイズ問題を解決するには、NGOはもう欠けてはいけないというような認識が達したと思います。でも、地方政府はまだそこまでは達してないです。NGOはどのような役割を果たしてもらいたいかと言うと、彼らは情報がほしいです。感染者はどこにいるかと教えてほしいです。そういう会議に私は何回も参加したのです。教えてもらいたいです。でも、NGOも本当はそこまではできるかどうかはそれも一つの問題です。ある意味でエイズ問題の発生は中国のNGOにとっては一つの試練になると思います。NGOは一つのチャンスです。努力すれば、勿論NGOのネットワークも作らなきゃいけないので。もし、この問題でNGOが成功すれば、確か社会貢献は大きな道ができるので。私は思います。

 チャンタナさんの質問は、なかなかいいコメント。中国NGO問題を解決するには私が思うことは、まずは組織化です。社会資本・社会再建です。エイズ患者の間の相互関係の再建は第一イエズ感染者に一般の人たちの勿論その意識と理解、そのケアが大事だと思いますので。後は政府・NGO同士の間の信頼関係が大事だと思います。今はまだまだ、例えば、MSM、そういう人たちは中国でもかなりの数だと思います。一般の人たちはMSMに対する理解はまだまだです。そして、彼らは社会からある意味で疎外されている状況です。感染状況もかなり深刻です。今までの調査では、およそ10分の1の感染率です。相当高いです。MSMの感染率。でも、彼ら社会に対する疎外感もあるわけで、だから社会資本諸経費は非常に大事だと思いますので、そこにはNGOは大きな役割を果たすことが出来ると思います。以上です。

多賀:

 ありがとうございます。勝間先生、何か付け加えることがありますか。

勝間:

 昨日チャンタナさんとちゃんとお話したけど、最近の記事でエイズ感染者の人数が非常に減ってきたということが報告されているのです。それはやはりその社会、スディグマというものをなくしていくと、そして自分が感染しているかどうかをまず知ることは非常に重要です。そして、自分が感染していなければ、感染しないでずっといる。もし自分が感染していたら、他の人に感染させないというその社会的なシンパクト共同体性を作っていくことが非常に大事ですね。最もやはり効果的な私たちが出来る介入としては、秘密を守りながら、人々が自分の体の状況について知ることが出来るような、そのテストを受けるようなシステムを作る、そして、個々の人たちが自分の体の状況について知ると、そういった社会的な仕組みを作る必要があるかなと思いました。

多賀:

 どうぞ。

王名:

 その通りだと思います。ある意味でエイズ倫理を作らないといけないような感じを私もしています。

多賀:

 はい、ありがとうございました。時間をめいっぱい使いまして、討論いただきました。ありがとうございました。午前中、いわばプログラム・エクスポジャー,プログラム・シェアリングということで、「静かな戦争」とホットな戦争のオーバー・ビューからグローバリゼーション、そしてディジャスト・ヒューマン・トラフィック,ただいまのHIVという形でご報告と質疑をさせていただきました。これはもとよりまとめる気はないですけど、どうも直感的にご報告を司会の立場で伺っていて、ふっと頭に浮かんでくるのは、一つの命題で、ヒューマニティという人間性をマーケットに載せてはいけないという、市場に人間性を載せたらいけないという、そういうところが直感的に浮かんでまいります。市場に載せたら取引するものではないと、人間性というものは。そこのところから恐らく今日プログラム・シェアリング、わたしは学んだのがその点です。そこから出発していって、いわば新しいアジアの共同体、ここは人間性を取引する共同体ではないというようなものを、様々な意味で作り上げていくことが現在の問題に対しては、最も底流を成すコンセプトではないかと。私なりの今日学ばせてもらった点です。どうもご協力ありがとうございました。

24日:午後 セッション2(14:30〜15:57) 
天児:

 午後は10分〜15分の間でそれぞれのアジア・コミュニティ、人間の安全保障を巡る問題点を提起し、それに対する自分なりの考え方を提示し、議論になるようなプレゼンテーションを心がけていただきたい。個々の発表時に質問があれば行い、最後に共通の問題についてディベートする方法で進めていきたい。

 順番はリチャード・フー先生、梁基雄先生、チャンタナ・ウンゲオ先生、阿古先生、孫歌先生、キムベン・ファー先生、ゴメス先生、李起鳳先生。

リチャード・フー:

 手短に、今回のワークショップのテーマに直接的な話をしたいと思います。二つあります。一つはアジア・ヒューマンコミュニティという概念、アイデアそのものに関してです。天児先生から午前中合同アジア・ヒューマンコミュニティという構想の提案がありましたが、これがこのワークショップ、そして明日の国際シンポジウムのテーマということなのですが、このアイデア自体はとてもいいことだと思います。これは現在のアジア地域主義というトレンドに一致するものだと思います。アジア地域主義に関して昨年同僚と共著で書いた本があります。「アジアのリージョニズム」の本の中で主張しているのは現在のアジア地域主義というのは、これまで見てきた冷戦後の初期のものとは違うということです。冷戦後、地域主義と言ったときには、基本的に貿易の自由化、APECという枠組みの中での貿易と自由化を進めてきたのですが、アジア金融危機の後、また新しい考え方が出てきました。つまり、ここでいうアジア地域主義と言うのは、地域的なガバナンスということが中心的な柱となっています。これは学者にとっても新しいテーマとして、これからもっと注目しなければならないものとなっています。天児先生とおっしゃるとおり、現在のアジア地域主義の今の段階というのは、機能主義、機能的なアプローチをベースにしたものだと思います。これは本の中でも主張しているのですが、現在のアジアコミュニティの構築というのは、それぞれの問題に特化した機能主義、特に北東アジア、それから東南アジアを中心にしたものです。このプロセスの中ではコンセンサスビルディング、対話が中心となっています。金融危機の後、ASEAN+1、+3、そして今では+6ということで東アジアサミットの中でコンセンサスビルディング、対話というモメンタムが作られて、進められています。これが地域的なコミュニティビルディングに新たな弾みをつけています。政府間というレベルの協力から、マーケットドリブンな協力に拡大しているということです。アジア・ヒューマンコミュニティという構想はこの地域協力に更に一つのレイヤーを付け足すものだと考えています。これはボトムアップのアプローチであって、これによって、地域的なコミュニティ構築のプロセスを推進するのです。午前中にも議論になったことですが、なぜこういった新しい層がコミュニティビルディングのプロセスに対しての付加価値となるかというと、例えば、東南アジアというサブリージョンで見て行きますと、2005年のバリ宣言の後、ASEANは今新たな段階に入っています。単に経済的な粋だけではなく、安全保障上のコミュニティ(共同体)、或いは文化、社会的な共同体作りとなっています。そしてASEANが既にリーダーシップを取っている訳です。他のアジアもこれに追随すべきだとは考えますが、社会、文化的な共同体というのは一体何かというと、これは全く新しいプロセスだと思います。NGOそれから、国民、人々が強力化され、地域協力への参加が促されていて、これはトップダウンのアプローチとは全く異なるものです。東アジアにおきましては、これは長く待たれたもので、大変必要とされているのもだと認識しています。東アジアでは、言うまでもありませんが、文化的な理由により市民社会がこの地域におきましてはまだ完全に発達を遂げている訳ではありません。従ってまだ色々とやり残したことは多いと思います。昨年セントーサ・ラウンドテーブルにこれらの課題について参画しました。国連の元事務次長でバングラディッシュ大使、大西洋委員会に対してアジアカウンシルを設けてはどうか、という発言がありました。こういった協議会の仕組みを設けることによって、政府のみならず、また、企業やシンクタンクのみに偏らないNGOや個人といった形でこういった会議に参加出来るようにするということで、様々な速度でトラック1,2,3という段階的な会議の発展を見ていきたいと思っています。トラック4,5,6にまで拡大していけたらと思います。そういった多層的な会議や協議体を持つということが大変示唆に富んでいると考えます。これは草の根からのものもあれば、学会や学識経験者の大きな貢献が出来ると思います。国際社会に目を転じますと、いくつかの欧米の政府はそういった面では、あるいは率先しています。カナダとノルウェーの話がありましたが、人間の安全保障というのはこれらの二つの国の外交においてはもっとも重要な概念として打ち出されています。国際社会や国際政治において、真価を発揮するためにはむしろ人間の安全保障を重要な要素として考えています。カナダはパートナーシップの概念を打ち出しまして、国際政治におけるパートナーシップを追求しようとしています。そういったコミュニティや意思を同じくする、人間を中心においた安全保障は東アジアでも模倣されるべきです。この地域の異なる政府を見て見ましょう。人間を中心とした政策が増えて来ています。例えば、中国です。胡政権の下、人間保障は重要な政策となっています。人間を中心においたこの問題は後の人民会議でも議論されるでしょう。その意味でも、このワークショップで議論することは、とてもタイムリーだと考えます。

 第2に、中国での人間保障についてです。そして中国の知識がどう人間保障を論じているか見て見たいと思います。最近、人間保障への関心が増していることは疑いようがないですしょう。だから、政府は人間を中心とした政策に移行しています。1997年の金融危機は経済的、金融の将来的な安全保障を論じるきっかけを作りました。その後政府は「新安全保障観」に移りましたが、日本の総合安全保障の考え方に似ています。SARSと様々な環境問題が発生していますが、不思議なことに「人間の安全保障」という言葉は正式に使われていません。いくつか理由はありません。翻訳で「人的安全」は意味を成さないからです。ただし、学識会で使われる用語は「非伝統的安全保障」です。中国はASEANとの「非伝統的安全保障」のコンセプトで協力で合意に至りました。中国の官僚の考え方の問題もあります。ほとんどの人々が安全保障は政府が行うもので、自分たち自身だとは考えていません。依然として全ての安全保障の単位は国なのです。明らかに最終的な受け手は人々です。2つ目の考え方は誰が安全保障を明確にするのかという点です。これは明らかに国であり、行政的な問題となっています。学会で議論するとき、人間保障を2つの方法で明確化しています。狭義では恐怖からの自由。広義では、欲求からの自由。政府はそれらの最低必需品を供給しなければなりません。国際社会ではカナダが前者、日本が後者のアプローチに当たります。政府にとって、人権の安全をどう保障するかというと、どの問題が最優先か、どう実行するか、地域な問題等様々な議論が行われています。これは健康的な議論だと思います。結論として、アジアでのヒューマンコミュニティの概念はボトムアップで共通の問題に取り組むにはとても良いものです。しかし、方法について共通のビジョンを作らなければならないし、国の最優先課題の違いにも目を向けなければなりません。問題はどのように共通の土台、方法を作るかなのです。

天児:

 中国では人間の安全保障は公的には使われていない。その説明もされたが、中国の方に伺いたいが、人間の安全保障というのは自由に使えない言葉なのか?その理由は何でしょうか?これから、共通に使っていきたい言葉ですが、もし問題があるなら躊躇してしまうので、意見を聞かせていただきたい。

王名:

 体制上の問題がある。人権を考えると同じような感じがあります。「人権」という言葉はやっと政府も一般の人々も言えるようになりました。人間の安全保障というのはどう整理するのか。教育とマスコミに問題があり、体制的には人間の独立性に関わる問題です。独立は人間として出来ない、という状況で人間の安全保障と言うよりは、集団の安全保障の方が分かりやすい。個人の安全を守ることには社会的な問題になりつつある状況だと思います。

天児:

 社会的な問題になりつつあるということは、人間の安全保障が危険になってきているという状況ですか?

王名:

 もう一つは受け入れようとしているところの体制が出来ていないということです。

孫歌:

 中国を一つの大きな歴史過程としてみて、少し考え方の角度を変えて言いたいのです。つまり、人権、人間の安全保障の問題、民衆と言論の自由の問題は危険性を持たない言葉となっています。例えば体制とか、イデオロギーとかは確かに検閲の上では禁止されるはずだが、今の中国社会では形を変えて使います。たまにはそのまま出すことも可能です。今の中国をどう見るかという問題に関わるが、今、タブーになる言葉であっても明日タブーになるとは限らないのではないでしょうか。

 中国の政治過程の現実でしょうが、午前中の温先生の発表の中で、イデオロギーを避けようと提案されましたが、イデオロギーを無視するという訳ではなく、実質的に見てみるという提案だったと理解しています。共通の言葉としてのヒューマンセキュリティは中国で決して危険な言葉としては成り立たない可能性があります。危険であるかどうかではなく、中国社会でキーワードになれるかどうか。中心問題として、政府、民間で意識されているかにかかっています。発想を変えることを提案したいと思います。

天児:

 重要な視点の提示。基本的に中国をどう見たらいいのか、その大事なポイントの指摘でした。

梁基雄:

 人間の安全保障については専門家ではなく、外交、政治経済に関心があります。今回の会議では勉強させていただき、国家と人間の安全保障がオーバーラップされるイシューとして北朝鮮の人権問題について報告したいと思います。米国では2004年北朝鮮人権法案が提案され、法案として成立した。その前には北朝鮮に自由をという法案があり、2005年には北朝鮮の民主主義法という法律があります。これは北朝鮮だけをターゲットとしたわけではありません。この報告は米国の2004年の法案を元にして北朝鮮の人権問題を考えてみたいと思います。

ブッシュ政権は北朝鮮をどう認識しているかはこの法律成立の前に様々な人権報告書に出ています。これを見てみると、北朝鮮に対して厳しい態度を見せています。その時には米国の議会は北朝鮮をどう認識しているかを考える必要があります。また、概念的には人権と人間の安全保障がどう違うのかを考えてみる必要があると思います。人間の安全保障という言葉が流行している言葉には違いないが、まずはその概念の整理が必要であると考えます。

 個人的な印象としては、従来の概念の橋渡しをする概念として人間の安全保障を使っているように見えます。また、北朝鮮の人権は人間の安全保障のカテゴリーにも人権のカテゴリーにも入るものでもあります。例えば脱北者の話は東アジアの人間保障の範疇に入る。米国の2004年の人権法を見ると、政治的な内容が多いです。例えば北朝鮮の核兵器のようなMDWを廃棄させ、民主主義を定着させる方針です。北朝鮮人権法と言う政策は、政治的な話を除いて、人権に絞っています。これに対して、北朝鮮はどのような反応を見せているかというと、当然ながら反発しています。また、中国はどう反応を見せているか、これからどのような対応をするか。従来、中国は北朝鮮の人権に対して保守的、友好的でした。しかし、国際社会の圧力が強化されるとき、これから中国は難しい選択を迫られることとなるのではないでしょうか。これに対応する中国にはいくつかのオプションがあります。第一に従来の政策の維持、第二に二重政策、第三に中国に帰化させる政策という3つの選択です。一方、韓国は、北朝鮮の人権問題に対して米国と政策の差を示して来ました。いわゆる太陽政策の一環として、人道的な支援を続け、北朝鮮の人権を改善する方に働くことを期待する方法でした。いわば中国に近い政策です。しかし、ここ数年北朝鮮の人権問題を指摘する立場に立っています。韓国から見て、北朝鮮の人権問題は国家の安全保障と人間の安全保障が重なっている領域です。人間の安全保障に関わらない支援はいけないという政策に変わってきました。これから、韓国がどう選択するか考える必要がある問題です。結論を出すというよりは、検討すべきテーマとして問題提起をさせていただきたい。

天児:

 北の人権を巡る米国、中国、日本、韓国の分析と国家と人間の安全保障の重複している部分を指摘された。

李起雄:

 韓国において人権と人間の安全保障は重なっているが違う部分があります。国が議論する場合と、民間で議論する場合があるのです。しかし、米国の立場は北朝鮮の人権は政権の問題としています。非常に政治的観点に基づいたものです。韓国内部では意見が分かれています。韓国の市民団体に属している学者の安全保障はオルタナティブ・セキュリティという言葉を考えています。安全保障という言葉は敵を必要とするものではなく、敵を必要としない安全保障が人間の安全保障という意味で最も重要です。同盟というのは敵を作る政策となり得ます。同盟ではなく、平和的な安全保障をどう作るかを韓国は悩んでいるところなのです。そのためには或いは国家を変えないといけないかもしれません。とにかく、韓国ではオルタナティブ・セキュリティを議論しているところです。

天児:

 朝鮮半島には未だ38度線という現実的な緊張感があり、我々としても大事な問題。国家を変えるというラディカルな提案があったが、国家をどう捉えるか。中心なのか、敵対するものなのか、国家を変えて人間の安全のニーズに合うものにするのかは大事な試みだと考えます。

温:

 韓国の先生方は北朝鮮にどのくらい行かれたことがありますか?

梁:

 ありません。

李:

 金剛山のみです。

温:

 ということは北朝鮮に行ったことがある人間はここでは、私一人でしょうか。私はUN農業顧問としてUNFPと調査に行ったことがあります。写真もあります。国際社会はなぜ冷戦後の人的災害についてのみ話すのでしょうか。人々は金正日政権の人的災害について責めますが、これは現代化の問題です。1989年には北朝鮮は中国より高いGDPを誇っていました。ソ連によって都市化(70%が年に住む)されたのです。山間部において、農業は機械化されそのために油が必要でした。1992年のソ連の崩壊後は、油やトラクターの部品が入手困難となりました。そして災害がおき始めたのです。これは現代化の問題でしょうか、それとも違う問題でしょうか?人々は郊外に働きに出なくてはいけません。この問題は政権の問題ではなく、他の理由です。同意されないかもしれませんが、これは個人的な意見です。

天児:

 チャンタナ先生お願い致します。

チャンタナ・ウンゲオ:

 私は回答よりも疑問を多く持っています。昨年夏の早稲田でのサマーセミナーに参加しました。そこで、人間の安全保障という言葉が出てきたのです。私たちは伝統的な安全保障を超越することで、安全保障のアジェンダを変革しなければならないのです。これはタイで起こったことに関連しています。タイは2,3年前に「開発と人間の安全保障」という省庁を発足させました。ただし、仕事の内容は良く分かりません。そして、すぐにクーデターが起こったのです。私たちが正しい方向に向かっているのか、民主主義に逆行していないか心配でした。でも、多くの人がクーデターは良いものだったといいます。人間保障にとってのクーデターだったのです。

 伝統的安全保障には今の問題を議論するには限界があります。人間の安全保障に反する議論は国益です。ダム建設、石炭による火力発電、不法入国者への対策、鳥インフルエンザの真実を知ることは全て国益のために止められました。人間の安全保障は国の安全保障とは同じではありません。今、タイでは人間の安全保障がよく理解されているとは思えません。チュランコン大学の国際関係学の学者は人間の安全保障という言葉をまだ承認していません。伝統的な安全保障を超越するには、第一に、伝統的安全保障が応えられないという考えを止めることです。アジアは伝統的な安全保障のために統合していません。問題は益々共通化されてきています(鳥インフルエンザ、気候の変化、移民労働者、HIV)。しかし、国境を越えることは出来ないでいるのです。伝統的な安全保障は我々―彼らというジレンマ、二分法を作りだしました。一般的に、国際社会が人間の安全保障が国の安全保障の脅威にはならないこと、同じであることを指摘しなければなりません。もちろん、誰が安全保障を決めるのかという問題があります。広い土台の上で皆がイニシアティブを広い意味での安全保障で取る必要があります。

天児:

 一般的な一つの見方の指摘でした。タイのヒューマンセキュリティについての質問はありますか?

谷山:

 セキュリティの名目でいわゆる権利を主張する人に対して、逮捕や暗殺したりというFTAなどの経済的な国際化に伴い、起業が大規模に活動しなければならないなか、農民や小さな土地使用者、代弁する活動化、がポリティカルキリングされるのか?FTAを始めとした活動に最も活動的なグループは農民以外にどこでしょうか?また、タイと日本との間のFTAでタイへ廃棄物が運ばれることをご存知ですか?

チャンタナ・ウンゲオ:

 最近の社会活動ではFTAウォッチが一番活動的なグループです。プロフェッショナルなNGOです。この暫定政府は日本と取引することを決定し、前のタクシン政権ではFTA問題は内閣で決定されました。新しい政府は議会で議論することによって正統性を得ようとしていますが、本当の議論はされていません。

 人々は廃棄物問題については、気にしていますが、あまり政治的な面において止めたりするほどではありません。
ポリティカルキリングについては、タクシン政権の間には人々を守るという目的でしたが、反麻薬政策の下で2500人の死刑者を出しました。この間に多くの活動家が姿を消しました。タイの南方では裁判は未だに問題が多く、法規がありません。国は法を守るべきですが、この活動は多数を扇動することとなりました。

ゴメス:

 まだ議論されていないコンセプト、民主主義について指摘したいと思います。クーデターは支持しませんが、タクシン政権の間、正当ではない貨幣の鋳造が行われました。この点について、人権を守るはずの民主主義はどうなっているのでしょうか?

チャンタナ・ウンゲオ:

 これはタイで議論の芯の部分です。学者でも考えは分かれています。軍部が出てきて、民主主義を良くするべきか?でも、人々はクーデターから学んではいません。人々はもっと忍耐力が必要なのです。タクシンの何が悪かったのか、タクシンを支持した普通の人々を悪しきものとしてはいけません。それを学ばなければいけません。彼はたった6年政府にいただけなのです。選挙はいつも公正で自由ではなかったかもしれませんが、それは反対の道を行くべきという意味でもないと思います。

温:

 普通の人々が軍部を歓迎しました。普通の人々にとって、クーデターとは何だったのか?

チャンタナ・ウンゲオ:

 クーデターの後、多数の人々は反対しませんでした。誰か殺されたりすれば反対したでしょうが。多くの農村の人々はタクシンのポピュリスト政策の邪魔をすることに良く思ってはいませんでしたが、あまり表立って示されませんでした。

24日セッション3(16:10〜17:30)
阿古:

 お金を入れても変わらない現状が在る。何が問題かというとそこに住んでいる人が意識をもって社会に係わろうとしているかということが大きい。中国の農村は今都市化が進んでいるので資本も労働力も都市に流れる傾向がある。農村に残るのは老人と女性、子供。都市でお金を稼ぐと家族がばらばらになってゆく。農村は社会資本、つまり相互扶助システムが機能しなくなってきた。中国で一緒に研究している先生が「原始化」ということを言っている。人間関係が過剰に理性化してゆく。金銭的利益は追求するが一緒に大きな視点で協力しようとしない。例えば、農用水利は農家が戸別にやっても働かないのに小さな井戸を掘って各自でやる。協力してやろうとしない。昨日まで安徽省に10日ほどいたが

 老人の自殺が増えている。湖北省でも頻繁に聞いた。貧しいから自殺するのではなく世代間の考え方の違いが大きく、おじいちゃん、おばあちゃん達は長男が親の面倒を見るのは当たり前と思う。かみそりで手首を切って自殺を図ったおばあちゃんは4人の子供たちが順番に面倒見たが長男が協力的でない。ひと月の最後の31日を誰が面倒見るかでもめ、ご飯をあげなかったり冷や飯を出したりという事があった。おばあちゃんにとっては伝統的な家族関係からみると屈辱的と感じる。耐えられなかったという話です。湖北省でも子供に負担をかけさせたくないと自殺する人がいた。これは今まで蓄積されてきた農村文化が空洞化し、コミュニティの形成に問題が生じているといえるのではないか。私の研究はミクロの研究ですがアジアの国々で地域をどう作ってゆくかを積み重ねてアジアのコミュニティの共通の概念、価値を発展させてゆくことを考えなければならないと思う。

天児:

 短い時間ですがメッセージはクリアに伝わっている。中国の農村がドラスティックに変わってきている中で、ある種の不安定化、まさにヒューマンセキュリティが脅かされている現状をどう受け止めるかだと思う。温先生どうですか。

温鉄軍:

 省によって現状が違うということが如実に現れている。沿海部ではすぐに政府が補助してくれるが中部、西部ではそうではない。

天児:

 現実を良く把握されている人の説得力のあるコメントです。王名さん何かありますか

王名:

 私は陝西省で九つの村に調査に行ってきた。社会問題が起こっても、良く出来た村は問題を解決できる。村の組織、NGOとは違うが村民委員会がうまく運営できれば解決できる。

天児:

次に孫歌さんお願いします。

孫歌:

 ストレートに問題だけを出します。先ず人間の安全保障という言葉は我々の共通用語になれるかどうか。私はなれると思う。言葉の選び方は上手です。但し条件を付けたい。キーワードにしないで、ものを考える角度にして欲しい。違う方向性が分け方から見えてくる。というのはさっき胡先生もとても大事な問題提起をして、政府だけでなく民間においても安全保障という言葉はーワードになっていない。王先生もコメントをつけて危ない場合もあるしそうでない場合もあると。私の目から見ればキーワードとして中国で成立していない。その理由はいくつかある。先ず人権問題という敏感な問題がありこのタブーをどう見るかという問題がある。アメリカのああいう徴発に対して常に反発しなければいけないというやり取りの中で安全保障を含めた人権問題は矮小化されてしまう。だから中国のかなりの知識人はそれを恐れているから避けているのではなくて、矮小化されて問題を中から取り出せないから無視した。もう一つは安全保障という問題は中国の現状に即して考えれば中身はそれほどピンとこない言葉です。安全保障という言葉は常に平和の問題、戦争を起さない保障、国民を守るというイメージを伴っているので中国では当面はトップの問題として存在しない。だったらどうやってこの言葉を使って中国の適当な部分につなぐのかが問題になる。この言葉をキーワードとしてこだわらないで、中国社会で不安定な要素が何なのか、あるいは危険性は何処に存在するのかということを一緒に考えてゆきたい。午前中わかりやすいケースとしてエイズの問題を出されました。身にしみる危険の問題です。だが目に見えない危険な問題もたくさんあります。温鉄軍、呉青お二人の先生は私の目から見れば実は運動家です。知識人なのだが、狭い意味での社会運動とは限らないけれども彼らは社会運動を着々と起している。どういう運動かというと、中国の近代はこのままやってゆけば危ないよというメッセージを彼らなりに送り続けている。勿論そればかりではない。温先生の午前中の発言の中に一つ重大な問題が含まれている。中国はこういう形で資本主義、資本主義という言葉を使いましたが近代に置き換えてもかまわないと思う。近代という形で速いテンポで進ませたらそのうちに平和も破壊されてしまう。この問題提起は緊迫な問題として出ません。みんな追いつかないです。だけれど近代ほど不安全な危険なものはないでしょう。こういうイデオロギーを我々はこれから作らなければいけない。テレスさんの午前中の温さんに対する質問に代わりに答えたい。ネオリベラリズムに対抗するイデオロギーは成功できるかどうか私にはわからないけれども、おそらく近代の何処を明らかにするというイデオロギーを我々が作らなければ本当の意味での平和と安全は生れてこない。私は昨年アメリカに滞在した時に、イランに対しアメリカ政府は攻撃していました。はじめのうちは民間は支持したわけではありません。そのうちに石油が急騰しアメリカ人の大半はイランに戦争すべきと支持するようになった。中国も今大量の車が売り出され石油もどんどん使われている。石油の使い方と平和の関連について一般の人は考えようとしない。アメリカ人はイラク戦争とそのうちなるかもしれないイラン戦争に対して平和というイメージを持ちながら無駄遣いを毎日している。アメリカ式の近代モデルは我々東洋の中でどの国でもモデルとして学ばれてあこがれとして生活スタイルが作られている。その中で貧困問題とか安全保障問題とか環境破壊問題とか議題として議論されたが実は我々はジレンマに置かれている。それを我々の言論によって明らかにされるかこれはおそらく人間の安全保障の意味合いなのではないか。

 最後に一言、中国の状況を見る時に私が強く提案したいことは、とりあえず出来上がったキーワードを棚に上げて、中国人はどういうことを気にするか、どういうことを気にしないかというところから入りましょうということです。そこから違うイメージが見えてくるだろうと思う。

天児:

 興味の在るお話をいていただいたので、どこから議論を引き出すか難しいが、どなたか・・・・・。黒田さんはプレゼンテーションの時間がないのでここでどうぞ。

黒田:

 全く発言しないで一日終わってしまうかと思いここで発言させていただきます。

 今日の議論、特に孫歌先生の話を伺って日本におけるヒューマンセキュリティということが残念ながら援助政策、外務省によって言われているということを気付かされた。日本では総務省、財務省とかかなりのことをやっているところでヒューマンセキュリティについてほとんど議論していない。ここにいらっしゃる方々、中国、インドネシア、タイ、それぞれ国内におけるヒューマンセキュリティを議論して下さった。日本の中にも二つのディメンションがあって、例えば、児童買春問題とか、外国人労働者とか、国際的なヒューマンセキュリティと日本人のヒューマンセキュリティも考えてゆかなければならないことを改めて気付かされた。反対に中国、インドネシア、タイそれぞれの国の中で考えていただきたいことはヒューマンセキュリティの国際化というか、今はアジアの枠組みで話しているのでヒューマンセキュリティをどう考えてゆくのか、アメリカが議論する時に外国に対する押し付けのようにヒューマンセキュリティが議論されているのかも知れないが、アジアの中でヒューマンセキュリティを議論する時のエチケット、ルールがあっていいのではないか。例えば、最近中国のアフリカにおけるプレゼンスが大きくなっている。アフリカに行って感じるのは援助国としての中国。タイもラオスやミャンマーに対して援助国になっている。東アジア共同体を作っている中で必ず他の国のヒューマンセキュリティにそういう国が係わってゆく機会が増えてきて、そこでヒューマンセキュリティの意思統一というか議論のベースを作ってゆく必要が出てくると思う。そういう観点でヒューマンセキュリティの国際化もしくはアジア化という過程を今の孫歌先生の深い議論にも絡めて頂いてこれから考えてゆくべきと感じた。

天児:

 二人とも大事なポイントが出てきているのですが、今回のシンポジウムのキーワードをどうするかと考えた時、ヒューマンセキュリティでくくってゆくのが一番いいなと感じた。いくつかの理由があるが、一つは中国を意識した。人権という言葉を使うとかなり抵抗感があるかもしれない。皆さんにあるという意味ではなく中国という国家として、です。あるいは他の国々でもそういうことがあるかもしれない。ヒューマンセキュリティは何かわかったような、わからないような便利な言葉だということでキーワードにした。今の話で中国でヒューマンセキュリティが使えるというので心の中で、にこっとした。それはアングルとして使えるのであって、キーワードとしては使うなといわれた。キーワードはやっぱりだめですか?

孫歌:

 だめじゃなくてキーワードにぴったり合う人間は以外につまらない人間という可能性があるから。

天児:

 キビシー!。わかりました。次はゴメス先生にお願いします。

ゴメス:

 ヒューマンセキュリティはマレーシアの学者の視点からはマレーシアの学会、学識経験者、知識人の使う言葉にはまだなっていません。NGOの中でもまだ広く議論されていません。人権擁護団体においてもそうです。メディアにおいても議論を喚起するに至っていない。その理由は権利ということを議論する時、国によって原理、権利を授けられるということで、我々はまだ全体主義の国におり、インドネシアのように民主主義による選挙が行なわれていない。国や政府がメディアを支配統制している。裁判なしに抑留できるといった言論の制約がある。自由で、オープンに、闊達に、ヒューマンセキュリティについて議論できる環境にはない。ヒューマンセキュリティに照準が定まっていない。

 先ず一つ今回参加する意義はネットワークを作って学識経験者をともに集わせることにあり、ヒューマンセキュリティをオープンな形で定義すること。更に相対的な比較をすることに意義を感じたからです。今の研究は既存の制度や国単位での視点を適用しようとするものです。例えば、政党や社会運動や選挙の行動形態など政府に根ざしたものが多い。従って社会に根ざした視点が必要。東南アジアの社会ではまだ捉え切れていないものが多数ある。事例を申し上げます。宗教の原理主義です。ほとんどの議論がイスラム教に偏っています。これは欧米を中心に発信されているからです。そこで認識されていないのは多元的な信仰があるということです。イスラム教に限ったことではなくキリスト教にも原理主義者はいます。アメリカでは原理主義者とも言える大統領を当選させたのも原理主義的な宗教団体であった。ヒンズー教にもBJPのように南アジアにおいても原理主義的台頭が見えます。その社会への影響は非常に多用であり、このようなグループがどのように台頭し社会で支持を集めているのかが更に研究されるべき分野であろう。

 二つ目に今後研究を要する分野として人種間の関係です。東アジア特にマレーシアにおける人種間の関係の研究です。人種間の関係が悪いから問題ではなくむしろ逆です。この国の中での政治的な動員それから政治の論争の中で国が独壇場として取り仕切ってきたが、一方で民族の異なる関係で利害関係も高まっている。どのような宗教的背景、民族的背景に係わらずそれを掘り下げて地域で研究すべきである。

 三番目の研究は注目していただきたいのは青少年問題です。国連の報告によれば世界人口の半分は25歳以下です。青少年問題が世界中で起こっています。マレーシアでは青少年が大半を占めるわけですが、社会的様々な問題に対し抗議も起こっています。イギリスやオーストラリアの事例、最近ではフランスも少数民族や青少年問題が浮上しています。青少年の間でどうしてこのようなものが出ているかということです。世代間の交代ということをもっと掘り下げてみるべきです。社会の変容を捉えるべきです。マレーシアに限らず世界中で起こっていることです。知的リーダーシップを学識者がこういう会議を行なうことで発揮すべきです。これはネットワークの構築に限らず、ネットワークを制度化しリサーチのテーマとしてこれらの課題に注目し、そしてコンセプトを補足できればと思う。また比較研究を進めるべきと思います。東南アジア、東アジアという時、南アジアや他のところを無視しているに等しいことです。これらの問題はアジアに限った特異な問題ではありません。最初に是非進めたいのはこれらのネットワークを制度化し、新しいテーマを策定し、新しい研究者を育成することによって草の根レベルにそれを落とし込み、新しいデータの収集、そして社会の変容を捉えるべきです。

 四番目はより多くの研究の発信を行なうことです。この研究の成果を十分に人々に広く知らしめているとは限りません。政府、国に影響を与えるべく社会変容の内容を明らかにすべきです。国が社会の変容から完全に切り離されてあるいは全く感覚を失っているようでは十分に対応は取れません。また制度化をネットワークのルールの成立と共に目指してゆきたい。

天児:

 ゴメス先生も少し違った角度からコミュニティネットワークをどう作ってゆくか制度化の重要性を指摘された。今準備しているのは(ロゴマークをかざしながら)こういうロゴのアジアヒューマンネットワークのホームページを作ろうとしています。ネットワークの制度化の試みにしたいと思います。どうぞ回覧して下さい。  ハイ どうぞ。

キム・ベンファー?:

 普通空気が一極化あるいは対極化している時に、あるいは知的な話し合いが調和のない混乱や不安定があるということになると通常は国連にリーダーシップを求めることがあると思う。知的なリーダーシップ、リサーチ、ネットワークの制度化を考えてゆくわけですから国連社会開発研究所にリーダーシップを求めてはいかがでしょう。その示唆が出たことは大変うれしいことです。リサーチプロジェクトを作っているところでありましてそこで話されているテーマを取上げているわけです。例えば宗教、比較宗教学、色々な社会においてです。更に深く青少年問題も取上げています。国連が独立した形で国家が耳を貸す声を出すことが出来るかと思います。責任をすべて国連になすり付けるのではなくネットワーク作りにおいてNGOに話し、国連に手を伸ばしそしてより活発なものにすべきではないでしょうか。

質問者不明:

 質問があります。知識人が国内で話すのと国外で話すのと違いがありますか?

 国内で話すことを外でフォーラム、あるいはコミュニティレベルで発言すること出来ますか?

天児:

 明日はオープンになります。

発言者不明:

 我々のような知識人はマレーシアにおいても国の内外においても焦点を合わせて話すこと出来ます。政府は脅威を植え付けることになると発表、発言できなくなるかもしれない。進めるべきは知識人の対話を進める空気を作ることです。国家からの恐れなく対話を進めること出来るということです。マレーシアの場合そういうことですが他の国については申し上げられません。

天児:

 どうぞ

ゴメス(?):

 私にとりましては学者、知識人は社会における活動家でなければなりません。私は問題を草の根でやっています。社会的な意味での活動家といえます。それぞれの国の内外で同じ言語で話せるということでダブルスタンダードから身を守ることが必要です。しかし身を守る必要があったなら黙っていることにもなります。それでダブルスタンダードを回避する。もう一つは、人がそれぞれにおいて視線をもっている。何かに対してですね。我々にとって重要なことは具体的なことを話すこと、きれい事でなく。例えば、ヒューマンセキュリティといった場合問題は何かをはっきり出さなければならない。ディスカッションは素晴らしいです。私は国連から来ていますので色々なディスカッションが組織内で行なわれていますが、大体においてヒューマンセキュリティの問題は何処からきたかということです。Human Development UNDP人的資源の開発という側面から60年前から国連の60年の歴史が裏打ちされているわけです。勿論過去にもいい日はあったかと思います。期間として、制度として。このような国連外のイニシアティブですが、これがもっと新鮮な見解を提示できると思います。国連と色々な形でもって情報収集してゆくことです。国連関連すべてが活動家、アクティビストではない。そうなると提案として出てくるのはアセアンのヒューマンセキュリティ、あるいはアセアンのヒューマンコミュニティをサポートし、国連と対話をオープンにしておくということは力を持つということ、あるいは考えを実行する上では分析が必要ですし、概念を、観念を、コンセプトを、持ってこなくてはならないということになる。色々な対話をするということは国連との場ということ、あるいはそれを通してということで私どもの道筋が出来ると思っている。

天児:

 キム・ベンファーはちょっとカット。植木さん

植木:

 すべて面白い議論でした。コメントだけですけれども。

天児:

 植木さんは安全保障の専門家でこの4月から私どものところの教員になる方です。

植木:

 私の中ではナショナルセキュリティとヒューマンセキュリティは別個に存在しているのではなく,ずっとつながっているものとして捉えています。今呉青先生がおっしゃったダブルスタンダードはいけないということはまさしく同意します。特に国家の安全保障、あるいは軍事的行使についてある程度民主的な手続きが整った国にいる。個人としては、国家の安全保障も個人の安全保障に非常な乖離があるというのは私たちの側の怠慢だろう。本来なら同じでなければいけない。勿論その制度のない国においては個人の怠慢とはいえない。手続きを作ってゆく必要があるので問題は違う。ナショナルセキュリティがステートのためのものであって、人間の、個人のものではないと言うのはおかしい。本来人が中心であるべき。私は戦争のついてのトラディショナルな安全保障についてやってきたが、何故戦争がいけないかと言うと、結局個人のごくごく普通の生活を一瞬にして破壊するものだから。

天児:

 そのことは李起豪さんが国家と言うものを変えるという議論ともつながってくると思います。新しい視点だろうと思う。そこで李起豪さんにお願いしましょう。

李起豪:

 聖公会大学からきた李起豪と申します。終わるになると二つ悩みがある。一つは早く終えないとだめ。もう一つは今までずっと話し合ったことと重ならないようにすること。準備したことをすべて忘れて申し上げたい。

 私も今日の問題提起非常に面白くてきっちりと話し合いたいと思う。韓国側の視点から申し上げたい。今年2007年と言う年は1987年の韓国民主化運動から20周年になる。今年大統領選挙もある。問題になっているのは今朝温先生が発表した中国はもうイズムということに余り意味がないと言ったが、逆に韓国は今進歩と保守の論争が激しい。良く見ると中身がない。進歩主義者の哲学とかビジョンとかがないし、保守も全く同じ。1987年から20年経験した民主主義というのが今我々にどう変化したか考えるべき。韓国で民主主義の話があったとき、民主主義は来るものではなくキャッチングする、みんなで戦い取るものだと思った。しかし民主化以後、戦う力、エネルギーがなくなった。そうすると、民主化のエネルギーは何処からきたのかが重要な問題になる。

 残念ながら今論争している左派と右派の論争の中で一番目立つのは北朝鮮とアメリカをどう見るかと言うことだけ。それ以外のヒューマンセキュリティとか、国をどうつくってゆくかとか、民主主義をどう発展させてゆくか、つまり民主化以後の民主主義に関しては話がない。そこから申し上げたいのは20年の間に韓国の民主主義を良く見たら、今回のテーマがインターネットの問題だと思うから実は呉青先生がおっしゃったことに全く賛成なのだが、インターレクチュアルという知識人のやり方が1987年の時は自分よりはレジティマシーとか民主主義で規制してもいいと言うパブリックインターレクチュアルであった。

 最近はクライアントインターレクチュアルになってしまっている。クライアントと言うと弁護士のように自分の知識を客にお金で売るということになる。そういうクライアント知識人が増えていると感じる。知識人の役割を今後どう見るかを考えるべきと言うのが一点。二番目は孫歌先生がおっしゃったと思うが、資本主義に代わって近代主義、近代性をおっしゃったが、サーズとか津波とかエイズ問題とか我々の危険は何処から来ているのか、つまり災害と言うことが以前の災害なのか、我々が作っている災害ではないのか。この災害は近代性からきたものもあるし、アジアで起こっている災害とどう違うのか考えるべきと思う。三番目に我々は東アジアと良く使うが実は生活としての東アジアはもっと広げていると思っている。知識人、軍事・外交ではアジアを作ることは非常に難しいが、生活の場では既にもうアジア的な暮らしをしている人が増えている。生活の場としてのアジアをどんな風に取り込んでゆくかを考えるべき。

 近代性を考えると日中韓では60年経つと生まれ変わるという還暦の考え方がある。韓国と北朝鮮は1948年に立ち上がったので来年は60周年の国家還暦になる。中国も再来年還暦を迎える。今我々は国家のあり方をやるべきと考える。ヒューマンセキュリティと言うことは必ずアクターが市民であるのは当たり前だが国家もそれを考えるべき。その意味で見ると近代国家とか民族国家とかというやり方を変える力、発想がないと、その中身がないと、哲学・夢がないと国家は絶対に変えられない。その意味で近代国家、民族国家というのはナショナルセキュリティと経済発展で強い国を作ろうとする。そうじゃなくてもっと柔らかな国、市民国家、平和国家、グリーンステート(緑の国)とか考えて国自体を変える力が市民社会にあるからこそ本当に東アジアを変えられるのではないか。

 私は国と言う問題は我々のこのテーブルに一緒において市民社会問題を考えるべきだし、国の問題も考えるべきと思う。

 最後に国を考えてみたら東アジアは実は壁が多かった。韓国と日本も親しい国なのだが、98年、金大中大統領と小渕首相が会って文化協力がはじまったのは非常に最近の話なのです。それを考えてみたら歴史を振り返る必要があると思う。しかし、歴史的な過去の問題を考えると紛争問題が一杯ある。それをリフレクションしながら未来への共同の記憶を作りたい。過去への記憶は余りよくないが、それを良く考えながら未来への記憶を作ってゆくのが重要で、未来と記憶と言うのは東アジアだけでなくそれぞれの国の町や村とか、先ほどローカルが崩壊しているからエイズが増えていることを考えると、私はローカルステートも考えるべきと思う。外交主権はローカル、町でも持つべきじゃないかと思う。そう考えると、今回色々提案あったが、現在と過去を精察しながら未来を作ってゆく力を集めてゆきたい。

天児:

 時間を短縮させると要約されたクリアな問題提起がなされるので最初からそうすべきだったかなと思う。大事な問題を新しい角度から李先生から指摘していただいたと思う。これに補足した質問何かございますか?

発言者不明:

 簡単に。頭から離れないのは何故人間の安全保障というコンセプトが定着していないのかというと、従来の安全保障は国家を承認、確認するものです。それに対し、人間の安全保障は国家に疑問を呈するものです。基本的な権利、ニーズと言ったものですが、人間の安全保障の議論をきちんと定着させることになると基調として国家に反するような議論を生み出す危険性がある。これは東アジアで60年代に人権問題を議論したのと同じようなものです。知識人は密室の中で人権問題を議論したが、例えば、きれいな水に対する権利と言うことを議論して人権と言うことを議論しなかったわけです。今岐路に立っているのかもしれません。国の中には人間の安全保障ということを採用しているが、名目上かもしれない。例えばタイがそうです。我々の課題はそういった壁を取り払って、本当に人間にとって大切な、これは言葉を変えるかもしれません。また別なところとコンセプトとしてつながってくるのかもしれません。

天児:

 最後に呉青さんに。

呉青:

 ありがとうございます。もう時間がありませんね。この機会にこの会議のスタッフの皆さん、通訳の皆さんに感謝したいと思います。それが一つです。もう一つは、私はジェンダーの提唱者であります。この中に女性がいませんよね。男性、女性が一緒に協力しないとだめだと思います。女性の声、女性の参加者が足らないと批判させていただきます。

 ヒューマンセキュリティと言う問題、私はカナダの開発ジェンダースペシャリストに89年になったわけですが、農村地帯に行って経済発展をみた。そのときにわかったのは、かなりの格差が男女間にはあるということです。都市と農村の間、沿海部と西域の間です。市民の権利が全く無視されていることに気付いた。当時私はシティズンズライト 市民の権利ということを言いました。一人一人の権利ということです。政府はヒューマンセキュリティを提供することは脅威にもなる両刃の剣であると気付いた。いわゆる四人組がいなくなる前がまさにそうでした。私はそういう体制を生き抜いた者です。法の支配がなかった。1954年に最初の憲法ができたが、56年から76年にかけて憲法は全く無視されたわけです。劉少奇ですら憲法を手に持って、これは出来ないと言ったのです。誰もがこれを無視した。国家主席ですらそうであった。法の支配が先ず基本です。一人一人がちゃんと法律を守るということです。2004年中国は大きな変革を遂げました。言葉の上での向上、改善といえるかもしれません。二つの重要なコンセプト、そしてパラグラフを付け加えたのです。一つは国は人権を守る、尊重するということです。それが第33条で追加された。第11条には国は私有財産を守るといった。ただそこでは個人ということを言われていなかった。国のということでまだ改善の余地は残っている。言葉は抽象である。私はもっと具体的なものを求めている。雇用される権利、きれいな水に対する権利、教育の権利などあるが、結局は本当に具体的なものを見る必要がある。それをそこにいる当事者に合わせてゆくということです。というのも物事を変えるには動き、運動が必要だからです。李さんがおっしゃったように韓国で民主化という動きがあった。そのためにはモメンタムが必要です。弾み、勢いがあって、特に政府も含めた一人一人を動かしてゆくことが必要です。中国政府の場合は89年の学生運動の経験から脅威に駆り立てられてより声に耳を傾けるようになりました。その意味で変わってきていると思うが、私が強調したいのはこの部屋にいる一人一人が責任ある市民でなければならない。あるいはグローバルシティズンでなければならないということです。つまり、自分の国だけでなくそれを越えなければならない。海を、山を越えなければななない。だから愛、LOVEが必要なのです。愛がすべての中心でなければならない。そして共有、シェアしてゆくということです。情報を共有する、物を共有するのは十分に持っているからではないのです。自分の持っている部分が十分でなくとも他者と共有してゆかなければならない。一人一人が意識を変えなければならない。我々がここに賛同しているのは知識人・学者だからではありません。言葉を使って議論してゆきたい、この世界を変えたい、アジアをもっと良くたいという思いを持っているからです。私は女性会議にはたくさん出てきました。中南米の女性はいっしょに歌を歌って共通の問題を議論する。あるいはアフリカの女性が一緒になる。ところがアジアではそれが起きていないのです。なぜか? なぜなら、我々はいろいろな国の植民地だったということで分断されていたからです。にもかかわらず、我々は豊かになっている。宗教ということでアジアにはすべてが備わっているのです。ということでアジアはもっと前に進めることが出来るのです。共通の問題について遠慮なく議論し、信頼関係を構築することが出来るからです。信頼も重要です。お互いを尊重すること、そして同じ立場にたつこと。胡金涛主席が人口5万人くらいの小さな国を訪れた時、私は重要なことだと思った。国の規模に関係なく、我々と同じ人間なのだという証です。小国というのは見下した言い方ではないですか。我々はすべて同じ人間です。きちんと言行一致が大切です。言ったことをきちんと行動に移すことです。

天児:

 最後に呉青先生にプレゼンテーションしてもらって、締りの良いクローズドスピーチになったと思います。どうもありがとうございました。クローズドスピーチの後に敢えて言いますと、私の友達のUNHCRの日本代表になりたての、おそらくこれからの人間の安全保障を考えてゆく時、日本における役割が非常に大きい滝川三郎さん、今日のスペシャルゲストです。今日の全体の印象を含めて3分間話して下さい。

滝川:

 最後の1時間出ただけですがもうしゃべらざるを得ない気持ちで、ちょっとコメントを述べさせてもらいます。ざっと読んだが素晴らしいペーパーがあって我々UNHCRにも関係あり、感心しています。難民との関係で2〜3分申し上げたい。アジアにおける難民状況はアフリカと同じくらい悪い。一般的イメージでは難民はアフリカ大陸にいると思うのですが、数からするとアジアの難民の数も同じくらいです。なぜかというと、国内における人権問題で出てくるケースが多い。アフリカの場合コンフリクト、それから自然災害。アジアの場合人権問題、人間の安全保障の問題からのバイオレーションからでる場合が多い。アジア全体で数百万人いる。もう一つの問題が余り知られていないが、1951年の難民条約に加入していない国がアジアにたくさんあるということです。アフリカの国々はほとんどが条約をラティファイしているがアジアの国々は少数派です。意外なアジアの問題です。権威主義的国家がおおいため人権問題が公然と語られないのです。人権規約の一つである難民条約がラティファイされていない問題はアフリカ、ヨーロッパ、南北アメリカに比べてもアジアが一番遅れている。後進国なのです。国内に人間の安全保障がないために、国外に庇護を求め逃れようとする。ところが逃れた国でも難民条約を批准していない、そこでも人間の安全保障をエンジョイできないという二重のダメージを受けている。アジアに人間の安全保障がないという一つの反映です。UNCRとしても、これは何とかしたいということで色々考えているが、アカデミアンの果たす役割は大きい。我々はそれぞれの政府と交渉しながら仕事を進めているが、そこでインテレクチュアルな人々、大学の先生、アカデミアンの先生がこういう形でネットワークを作って難民問題、又、国内避難民も実は難民より数は多いのですが、そういう問題も含めて声をあげていただければ、我々UNとしても非常にやりやすい。今回お話を聞きながら、さっとペーパーをめくってみたが、我々UNCRに非常に強力な同盟軍がいるという気がする。今後はよろしく協力関係を作ってゆきたい。

天児:

 滝沢さんの発言、これは我々が逆にUNCRを活用することも出来るということを意味している。そういうインターアクションで我々は係わりたい。彼はアカデミアンの役割は大きいといっているが、多分私のことはアカデミアンと思っていないということを付け加えておきます。

 長時間に渡り意義ある議論が出来た。私はこれを整理しなければならないが、余りにも様々な議論がされてここで整理してポイントを確認することはできない。皆さんも長時間に渡っての議論なのでお疲れと思う。私も今日帰ってから整理しなおして、明日のシンポジウムに臨みたい。三つほど簡単に言っておきますと、午前中に多賀教授が最後にまとめてくれたのが印象深い。ヒューマニティをマーケットにかけてはいけないということ。我々の原点はヒューマニティを価値として重視しなければならない。この点の確認が今日の議論に一貫してあった。ヒューマンセキュリティという言葉も曖昧であり、包括的な概念である。だからこそ使うという部分もある。そういう意味で、ヒューマンセキュリティをアジアの中でどれだけクリアにしてゆくか、概念の論争をするのではなく、実態としてどう作ってゆくか、呉青先生の議論とも関係してくると思う。そのことをもう一度確認したい。最後はゴメスさんも活動の組織化を指摘されたが、やはり何が出来るかということを我々が自らに問うてゆきたい。ここの参加者は皆さん立派にそれぞれの国で色々な活動をされている。中には独自の組織を持っている方もいると思うし、独自のネットワークを持っている方もいると思う。そういう人々がここに集っている。単なる学者ではない。それぞれがもっているネットワーク、組織をどう有機的、効果的につなぎながら力に変えてゆくかです。それを真剣に考える時期に来ている。ゼロからのスタートでなく、それぞれもっている財産をどうシェアして活用してゆくかにつながってくる。今日のクローズドなワークショップを実りあるものとして確認することが出来たことを喜びながら、今後の責任も同時に感じて今後のプラスの材料にしてゆきたい。長時間どうもありがとうございました。

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